銀座一丁目新聞

茶説

「ローン・ウルフ型テロ」続発とその影響

 牧念人 悠々

米国フロリダ州オークランドのナイトクラブで男(29)が自動小銃を乱射した事件(6月13日発生・49人が死亡、53人が負傷)は明らかに「ローン・ウルフ型テロ」である。アメリカの銃社会が生んだ悲劇でもなければ「同性愛」を憎悪したものでものでもない。過激派組織がインターネットを通じて宣伝する過激思想に感染し、彼らが提唱する「小規模テロ」や「ローン・ウルフ型テロ」を実行したに過ぎない。「一匹狼のテロ」である。両親はアフガニスタンからの移民であった。オバマ大統領も「容疑者はインターネットで広められた過激思想に触発されていた」と言い「自国育ちの過激派だ」と言明している。とすれば、銃社会・多様性を認める米国では今後も起こりうる。頻発の恐れすらある。文明の利器「インターネット」の影響力の大きさを今更のように知った。

これは9・11事件で大きな被害を受けたアメリカにとって大きな手抜かりであった。すでに12年も前の2004年に幅広いジハード経験を持つアブー・ムスアップ・アッ=スィットマリアム・ナッサールが「グローバル・イスラム抵抗への呼びかけ」をインターネット上に発表した。その中で「アル=カーイダ中枢などの指導部の役割は当面の間、小規模の組織、個人による連鎖的な『個別ジハード』を触発するための、インターネットなどを介した宣伝・イデオローギー面に限定される」として「ローン・ウルフ型テロ」を提唱した。これならば組織のつながりもなく警察からの追及を逃れることができると考えたのである(池内恵著「イスラム国の衝撃」文芸新書・2015年1月20日刊) 。

すでに2015年12月2日にはアメリカで小規模組織によるテロ事件が起きている。カリフォルニア州のサンバーナーディーノの障害者支援の福祉施設インランドリージョナルセンターで、28歳と27歳の夫婦が銃を乱射して14名を殺害、17名に重軽傷を負わした。夫婦はその場で射殺された。夫婦はISに忠誠を誓っていたという。

事件発生時の6月14日の「銀座展望台」で次のように書いた。『世の中にはわからないことが少なくない。「何故だ」と疑問符が付いたまま答えが出てこない。米国フロリダ州オークランドのナイトクラブで男(29)が自動小銃を乱射、49人が死亡、53人が負傷した事件もそうだ。男は過激派組織イスラム国に忠誠を誓っていた男だという。それにしても無辜の民を殺す理由がわからない。
「殺し屋」「破壊派」には理由がないのかもしれない。無辜の民であれ、貴重な石仏であれ目標と決めたものがその対象となるだけのことであろうか。民主主義の行き着くとところは暴力が力を持つ勢力と権力にしがみつく勢力との二つに分かれるかもしれない』

ISを主軸にした過激派組織は今後どう出るのか。前掲の中東問題に詳しい池内恵氏が雑誌「外交」(23号・2014年6月刊)でアル=カーイダの理論家と指導者たちの2020年までの行動計画のビジョンを紹介している。これはヨルダン人ジャーナリスト・ファード・フセインの調査報道をもとにしている。行動計画は第1段階(2000年から2003年まで。「目覚め」の時期とされる)から第7段階(2020年・勝利の年)まである。第5段階は2013年から2016年までで、「国家の宣言」の時期である(その宣言通り「イスラム国」を作った)。第6段階が2016年から2020年で「全面対決」の段階である。「世界の信仰者」と「世界の不信仰者の諸勢力」がそれぞれの陣営に集まって真っ向から争うことになるという。カリフ制国家樹立に向かってジハード(聖戦)が繰り返されることになる。今年は1月トルコ・イスタンプールで起きた自爆テロ(死者10名)を皮切りに各国でテロが続発している。その影響は格差社会の若者に強い刺激を与え、テロ犯の出自をめぐって移民排斥運動が起き、国を分断する騒ぎに発展する。さらにアメリカの大統領選挙まで及ぶ。果ては脆弱な民主主義国家がその存立を危なくしかねない事態となる。ともあれ世界は激動の時代に入った。