銀座一丁目新聞

花ある風景(599)

並木 徹

五輪の会、開催5回を数える

梅雨空の中、陸士仲間の会である「五輪の会」が開かれた(6月13日・大船・中華料理店「千馬」)。参加者27人。驚いたことに初参加者が7人もいた。回を重ねるごとに参加者が減ってゆくものだが逆に増えていくのは幹事の人柄と努力である。この分では東京五輪開催までは続けられそうだ。嬉しかったのは消化器系の癌の手術を受けて療養中の河部康男君が元気な姿を見せたことだ。「今は普通食を食べている」という。人間ドックは受けておくべきものと強調していた。初めに荒木盛雄君の謡『敦盛』。音吐朗々、その一節を詠う。古屋康雄君がハーモニカ演奏の前に「皇軍」について卓話をする。「皇軍は天皇親率の国民軍であったが昭和の軍隊は軍人勅諭に戒められている政治に介入して真の皇軍たりえなかった。軍歌も満州事変以後明治時代と違って”外に進軍していく軍歌を歌うようになった」。彼の結論は「憲法9条改正は必要なく、新たに国民軍創設の条項を決めること。国民軍である以上徴兵制は導入されるべきである」ということであった。

「梅雨空に皇軍を説く熱き男」悠々

異色は特別参加の神保明生さん。同期生の甥で日航の国際線のパイロットであった。4月の権現山碑前祭にも参加し私たちの世話を積極的にしてくれた。今回「陸士59期生の二世会」を組織したいという。7月2日偕行社で初会合をする。「ぜひ息子さん娘さんを誘ってほしい」と訴えた。

古屋君のハーモニカ演奏に移る。「仰げば巍巍たる」「血潮と交えし」などを合唱する。左隣の星野利勝君は小児科医。今年4月、引退したので初めて来たという。音楽好きの星野夫妻に招かれて霜田昭治君とともに音楽会に再三行った。星野君の篆刻展を見に行ったこともある。私の俳号「悠々」を篆刻していただいた。久しぶりに会う初参加の岸国平君はいまなお「ファイトプラズマ」の人工培養の夢を追う。農薬では絶対に防げない厄介な病原体が二つある。「ウイルス」と「ファイトプラズマ」である。真向かいに座った岸君に「ノーベル賞級の発見はまだか」と聞いたら「まだだ」と首を振った。90歳になってもまだ夢を追うのだからすごい。

「紫陽花になお夢を追う友ありき」悠々

受付で安田新一君から「かまくら春秋」5月・6月号をいただく。『銀座一丁目新聞』の材料になればと言う友の配慮である。しみじみと知る。「人間、人と会わないと発想が止まる」(真藤恒さんの言葉)。