銀座一丁目新聞

安全地帯(490)

相模 太郎

俳優座公演・安部公房作「城塞」にみる責任の取り方

俳優座公演・安部公房原作。真鍋卓嗣演出の『城塞』を見る(1月14日・東京世田谷・シアタードラム)。登場人物は5人。男(38歳・斎藤隆介)、男の妻(31歳・清水直子)、男の父(60歳・中野誠也)、従僕(52歳・斎藤淳)、若い女(23歳・野上綾花)。極めて難解なお芝居であった。考えようによっては全員が主役である。考えさせられるお芝居であった。

一番心に響いたのは8人の友人を戦死で失った男の言葉であった。「人間の血だけが流されて国家の血は元通りなんてそんなことが許されてたまるものか」。安部公房が一貫して追求してきた「無責任の論理」である。演劇「巨人伝説」でもそうであった。戦前と戦後でも同じような上下関係で無責任がそのまま罷り通っているのを批判していた。軍部と結託して成り上がった男の父の言葉もすごい。「戦争で負けたぐらいで、国が死んだりするものか…国家を殺すことができるのは革命だけさ」。

戦争の責任の取り方は人さまざまである。安禄山の乱で捕えられ長安に幽閉された役人杜甫は「春望」で「国破れて山河あり 城春にして草木深し」と詠む。時に杜甫、46歳。敗戦時、阿南惟幾陸相は「一死大罪を謝す」と自決した。58歳であった。安部公房に「偉そうなことを書いている君は何をしていたんだ」と言われそうだ。

その日、西富士野営演習場に居た。陸軍士官学校59期・歩兵科の士官候補生達は演習本部前に集合した。時に正午。ラジオの玉音放送は聞き取れない。敗戦の詔勅であるのは理解できた。嗚咽・慟哭。不謹慎にも私はほっとした。実は二日前に富士の樹海での“挺身斬込み”の夜間演習で指揮刀をなくした。低い松の木の下に身をかがめ木の根や岩に躓き敵陣に近づき斬りこむ訓練。鞘だけが残り刀身がないのだ。翌日同期生と樹海を探したが見つからなかった。武士の魂をなくせば「重営倉」と覚悟した。その日も朝から探しに行くことになっていた。詔勅を聞いて重営倉をまぬがれたと思った。途端、涙があふれ出た。19歳であった。生き恥をさらし奮闘した戦後であった。

舞台では敗戦時、朝鮮半島から脱出する直前で時間が止まったままの父親(拒絶症)を一時だけ正気に戻す芝居ごっこが演じられる。戦後、男は父よりも会社を大きくし軍需でぼろ儲けをしている。「お父さんそっくりになれた。お父さんの存在理由は完全に消滅した」といい、妻が要求する父を精神病院に入れるのに同意する。最後に若い女が着物を一枚一枚脱いで裸踊りを舞う。天の岩戸の神話では若い踊り子は光をもたらした。現代の娘の踊りは虚飾をはぎ取れといいたげであった…