銀座一丁目新聞

茶説

防災の日・関東大地震の教訓

 牧念人 悠々

9月1日は「防災の日」。新聞報道を見る限り、時期は分からないが日本に大地震が起きるのは間違いなさそうだ。あらかじめ地域の避難場所を確認するなど用心するに越したことはない。関東大震災は大正12年9月1日午前11時58分44秒に起きた。朝、雨が降っていたが10時ごろには止み暑くなったという。震源地は相模湾海溝の最深部の北端。深さ15キロのところが陥没してその両側が隆起したため起きたものであった。震災の死亡者9万1千名に上ったが8割にあたる9万6千人が焼死者であった。列車でも震災にあったのを記憶しておいてもよいだろう。東海道線その他の車線で進行中の列車が脱線、転覆。24列車で即死者120名を数えた。

作家の芥川龍之介は関東大震災を予言する。そのことが大正12年10月号の『中央公論』の『大震雑記』に書かれてある。画家の小穴隆一(俳号一游亭)と鎌倉に8月遊びに行った際、藤の花、山吹、菖蒲、蓮が咲いているのを見た。「これはただ事ではない」自然が発狂の気味があると人の顔を見るごとに「天地異変が起こりそうだ」と言ったという。

同行の一游亭は次の俳句を残す。

「山吹を指すや日向の撞木杖」(山吹は春の季語)
「葉を枯れて蓮と咲けるや花あやめ」(蓮は夏の季語)

昔から「深海魚が取れたら地震に注意」と言われる。昨今海底で異変が起きているのか各地で深海魚が取れたニュースに接する。これを集めて分析すると面白いかもしれない。

関東大震災当日の模様を作家永井荷風は「断腸亭日乗」に記す。それによると、『嚶鳴館遺草』を読んでいた時、書棚から本が落ちてきてびっくりして窓を開けると、外は家の瓦が落下してきて塵と煙で辺りは見えなかった。女や子供の声と鶏、犬の鳴き声がしきりであった。自分も逃げ支度をする。本を手にしたまま庭に出る。数分間してまた振動する。船の上に立ってゐるように体が動揺する。自分の家を見ると、屋根瓦が少しずれ落ちただけで、また窓の扉も落ちず安心したとある。この記述を見るとあわてず周囲の様子を観察して外に出るのがよさそうだ。

「災害は忘れたころにやってくる」と名言を残した寺田寅彦の「柿の種」には面白い記述がある。大震災2日目火災が自宅の界隈までやってくるというので立ち退き準備を始めた。その時に2匹の飼い猫を誰がどのようにして連れてゆくか問題になったという。寺田は次の本の話を紹介する。ウエルズの「宮中戦争」ではただ独り生き残った男が敵軍の飛行機を修理して島に迷って飢えていた猫を憐れんで一緒に脱出する話が出ている。また同じウエルズの「放たれた世界」でも堤防が破壊されて国中が一面海なった時、幸運にも一艘の船に乗り込んで命が助かった男が居合わせた1匹の迷い猫をつれて行く話があるという。答えは言うまでもないであろう。地震は人の人間性を厳しく問う。