銀座一丁目新聞

 

追悼録(558)

森仁志さんを偲ぶ

友人森浩一君からこのほど森仁志さんの「大版画」―モニュメンタル・リトグラフィ―(発売元・求竜堂)が送られてきた。仁志さんは森君の弟さんである。その作品を観て驚いた。岡本太郎、東山魁夷、外国の画家など著名作家の名前がずらりと並んでいる。森君から弟の『大版画展』を上田美術館で開かれる(今年の1月24日から2月15日まで)というハガキをいただいた。「そのうち機会を見て行きます」と伝えたところ、私の都合で残念にも機会を逸してしまった。
森仁志さんは惜しくも昨年6月67歳で亡くなられた。 森さんは美術専門の出版社に勤める傍らリトグラフ技術を習得。1973(昭和48)年にフランスの工房でリトグラフ制作を学んだ方である。巨大リトグラフの開拓者である。
日本のリトグラフの初めての製作者は写真家の下岡蓮杖だ。本紙2012年9月10日号で下岡蓮杖の写真展を取り上げている。その記事によれば「下岡蓮杖の世界」―150年を遡る幻の古写真―を見る(8月31日・東京・千代田区一番町JCIIビル)。会場に展示された写真は150年前(慶応2年=1866年から明治4年ごろ=1871年)の江戸の風物を示すものばかりである。明治の初めの日本の姿がここにあると思うと心の高揚を抑えかねたとある。その蓮杖が1868年(明治元年)アメリカから石版、プレス機を取り寄せ、リトで徳川家康の肖像画をえがいたのである。それから百十余年を経て大きく花開いた。
岡本太郎の「黒い太陽」は104cm×176cm(5版5色)の大きさだ。「風」にしても102.5cm×161cm(6版6色)だ。いずれも1980年作である。岡本太郎の言葉はこうだ。「『世界一大きなリトを作ってくれませんか』といって森君があらわれた。原広司の設計で新しい工房を建設する。そこに巨大な機械を据えるのだそうだ。その刷り始めに、というわけ」ということで仕事が始まった次第である。
 日本画家東山魁夷さん(1908〜99年)の「濤声(とうせい)」のリトグラフにしても縦63・5センチ、横664センチもある。海を318色で表現し、318版刷り重ねた。「日本の版画史の中で記念碑的なもの」といわれる。
フランスの画家・アンドレ・プラジリエさんも森工房でリトを作っている。『青い池』(112cm×168cm7叛7色)。『黄金の森』(115cm×235cm4版6色・金砂子)。いずれも制作は1984年。 新聞に「森となら一枚の紙、インクをめぐって芸術上の戦いができると思った」と語っている。ところで巨大なリトの発端は小松均画伯の「森君、畳一枚ほどのリトはできないか」 という問いであった。
人が成功するかどうかはその人の「なせば成る」の信念である。いずれ「大版画展」が開かれるであろうその時かは必ず拝見したい。心からご冥福をお祈りする。

(柳 路夫)