「I WISH...」

大竹 洋子

監督・脚本・原案 ズリフィカール・ムサーコフ
製作 バハディール・アディーロフ、上田 信
撮影 ナジミッディン・グリャーモフ
音楽 ミルハリール・マフムードフ
出演 ルスターム・ザグドゥラーエフ、パフティヤール・ザキーロフ、エレーナ・ラパートカほか
ウズベキスタン/1997年作品/カラー/108分

 赤坂の国際交流フォーラムで、第2回アジア・フィルム・フェステバルが開催されている。NHKが放送開始75周年と、映画生誕100年を記念して1995年に発足させたもので、アジア諸国のすぐれた映画監督に資金を提供し、共同で映画製作にあたる。第1回にはモンゴル、タイ、ベトナム、インドとの共同製作が行われたが、4国ともきわめて水準の高い作品が完成し、この試みは大成功だった。

 1年おいた第2回の今年は、ウズベキスタン、台湾、マレーシア、スリランカの国々が選ばれ、再びよい作品が出来上がった。民族の誇りが心をこめて描き出され、アジアの映画人の連帯にも大いに役立っている。その中から、ウズベキタン映画「I WISH …」を紹介したい。

 旧ソ連邦時代には15の共和国の一つだったウズベキタンは、1991年に独立し、中央アジアの国々の一員となった。首都タシケントはタシケント国際映画祭でよく知られている。かっては最高の技術設備と、3000人のスタッフを擁する国立撮影所ウズベキノがあったが、独立後は他の旧社会主義国同様、苦しい映画製作状況下にある。そんな中で生まれた「I WISH…」は、夢見る中年の男たちの物語である。

 主人公のサディクは40才代で、子どもの頃から仲良しの5人組と、今でも楽しい時間を共有している。お人よしで融通がきかず、いつ会社をクビになるかわからないサディクを、母と妻はいつも心配している。映画はある休日の午後、5人が自分たちでピラフを作って食卓をかこむところから始まる。

 しかし、このサディクは超能力の持主だった。突然そのことに気づいたサディクは、ピラフの大皿を空に舞い上がらせながら、親しい友人たちのためにこの力を活用しようと考える。やがて次々におかしな出来事が起こりはじめる。

 ゆっくりとしたテンポ、もっさりした男たち、時間は悠々と流れ、人々はやさしく笑い、間のぬけた会話が交わされる。ここでは地獄の使者さえなにがなしおかしく、人々にとって一番大切なものは、愛と友情と信頼、そして希望である。

 1958年生まれのズリフィカール・ムサーコフ監督は、今回の映画製作について次のようにのべた。「私の映画の主人公は、ハリウッドと呼ばれる強力な戦車から、たった一人で自分の畑を竹の棒で守ろうとする農民のような男です」と。

 だがスクリーンの中の主人公サディクは、決して一人で風車に立ち向かうドン・キホーテではなかった。サディクの周囲にいるのは、そろって愛に満ちた善良な人物で、それがサディクの実直さをより際立たせるのである。愛や友情は、決して失うことのない永遠の価値をもつ、という監督の強い意思が画面のすみずみに溢れ、観る者の心の中に、それを信じようとする気持ちを生み出すのだ。

 上映後、ムサーコフ監督と観客のトークが行われた。だれの心もほのぼのと明るく、会場にはやさしい空気が流れていた。ひとめで同国人とわかる女性がマイクをもった。「祖国が独立して6年もたつのに、なぜあなたはロシア語で話すのですか」、そういうと彼女は泣き出してしまった。映画の中のことばはウズベク語だが、通訳がロシア語の専門だったので、質疑応答にはロシア語が使われていたのである。

 ムサーコフさんは誠実に彼女に詫びた。通訳の女性も、自分がロシア語しかわからないことを丁寧に詫びた。祖国を離れて暮らす人の祖国への想いの激しさに、私は胸をつかれた。そしてその激しさと、とぼけた、のんびりした映画のストーリーの対比が、妙に心にしみた。

 夜はどんどん更けてゆくのに、だれも席を立たない。やがて駐日ウズベキスタン大使が、花束をかかえた幼い少女を伴って壇の上にあがった。「ウズベキスタン人だけではなく、この会場の観客全員からの花です」。花束を受け取って、しっかり少女を抱きしめたムサーコフさんに拍手を贈りながら、映画の催しに参加すると、時々こんなふうに素晴らしい光景にめぐり会うことができる。それにしても幸せな監督だなと、しみじみ思ったのである。

 1997年ももうすぐ終わる。その棹尾をかざるのにふさわしい映画が紹介できてよかった。そして―。I wish you all peaple have a prosperous new year. どうぞよいお年をお迎えくださいますように。

この作品の上映についてはNHK(03-3465-1111)にお問い合せください。

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。
www@hb-arts.co.jp