1985年にスタートした東京国際映画祭の一部門、国際女性映画週間“映像が女性で輝くとき”は、今年第10回を迎えます。社会のあらゆる分野での女性の発言を望み、日本の女性監督の輩出を願って企画されたこのプログラムは、11月2日から7日までの6日間に、9カ国13本の世界の女性監督作品を上映いたします。そこで、9月10月の本映画紹介欄は、上記作品の中の何本かをとりあげることにしました。

第10回国際女性映画週間参加作品(6)
「私の心は私だけのもの」

大竹 洋子

監督・脚本 ヘルマ・サンダース=ブラームス
撮影 ロランド・ドレッセル
音楽 ペーター・ゴヴァルト、エッカード・コルターマン、アンゲリカ・フラッケ
出演 レナ・シュトルツ、コーネリウス・オボンヤ、アンナ・サンダースほか
ドイツ/1997年作品/カラー/104分

 日頃、映画にそれほど関心を示さない友人が、この作品がみたいといった。題名のせいであろう。「私の心は私だけのもの」。

 ずいぶん前のことになるが、「誰のものでもないチェレ」というハンガリー映画が、岩波ホールで上映された。あまりにも不幸な孤児の少女チェレの物語で、私がこれまでにいちばん泣いた作品である。だが、チェレは非常に自立していて、どんな境遇にもくじけない。そしてクリスマスの夜、天国の母のためにともしたろうそくの火が、チェレの棲家である納屋を炎となって包み、焼け死んでしまう。この作品の現題はただの「みなしご」である。それを「誰のものでもないチェレ」と名づけた配給会社の勝利だったが、それほどまでに、人は、たとえ幼い子どもであろうと、自らの誇りを大切に生きているのだと、つくづく思う。

 「私の心は私だけのもの」、これは現題のままである。いかにもブラームス監督らしい命名であり、内容である。脚本もブラームスさんが書いた。

 1930年代のドイツ、ベルリン。ユダヤ人で、“ユスフ王子”と呼ばれる男装の美しい詩人、芸術家のサロンで喝采をほしいままにしたエルゼ・ラスカー=シューラーと、やはり詩人のゴットフリート・ベンの悲痛なラブストーリーである。

 ドイツ表現主義が世界を席巻した時代、実在の二人の抒情詩人は愛と憎しみのはざまで激しく愛しあい、傷つけあう。ベンは台頭しはじめたナチスに魅了され、党員になるが、自分の本を発禁処分にされ、その芸術を“堕落している”と断じられたことによって、はじめて自分の誤りに気づく。エルザは家もなく金もなく、ホームレスとなってもその生き方を変えることなく、他国を放浪しながら最後にエルサレムにたどり着く。

 ドイツはユダヤ人を殱滅して、ドイツ自身を滅ぼした、とするブラームスさんは、1984年作品の「ドイツ・青ざめた母」で、すでに祖国が犯した罪について描いている。「ドイツよ 青ざめた母よ 他の国々に汚れた姿をさらし じっと座っている……」。ベルトルト・ブレヒトの詩によって物語られたこの作品は、ブラームスさんを一躍有名にした。これは女性が描いた戦争告発の映画であり、不滅の名作である。

 ヘルマ・サンダース=ブラームスさんは、その名が示す通り大作曲家ブラームスの血を享けている。非常に繊細で、豊かな感性の持主であるブラームスさんの作品は、国際女性映画週間に4回登場した。「エミリーの未来」「ラピュタ」「林檎の木」、そして「ドイツ・青ざめた母」。

 しかし、「私の心は私だけのもの」がブラームスさんの最後の作品になるかもしれない、という恐れを私はいだいている。彼女はガンに冒され、もう二度も手術をした。「私の心は…」はブラームスさんの生涯のテーマだった。満を持してこの作品に取り組むはずだった。だが病魔が彼女を襲った。ブラームスさんは心せくままに、まるで映画の主人公エルザのように、満身創痍、孤立無縁、自己資金のみでこれを完成させた。

 今年2月のベルリン国際映画祭で上映された「私の心は…」の評価は二分した。しかしブラームスさんが何よりうれしかったのは、イスラエル映画祭がこの作品を招待したことだった。ブラームスさんは巡礼のように、エルサレムに旅立った。

 1985年、第1回の国際女性映画週間に、ブラームスさんは女優のブリジット・フォッセーさん(「禁じられた遊び」のあの忘れられない子役だった)と一緒に参加した。そのときフォッセーさんは、「ヘルマはまるでヴァン・ゴッホのように、血を流しながら自分の芸術だけを考えている」と、ブラームスさんについて語った。

 ブラームスさんは10回目を迎える女性映画週間のために、病をおして来日する。「私の心は私だけのもの」は、フォッセーさんが評したブラームスさんを端的に表現している。なお、ベンの妻エディットを演じているのは、ブラームスさんの一人娘、17歳のアンナ・サンダースである。

11月2日(火)PM 3:40 シネセゾン渋谷で上映(03-3770-1721)

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