「ノーマ・ジーンとマリリン」

大竹 洋子

監督 ティム・フェイウェル
製作 ガイ・ライデル
撮影監督 ジョン・トーマス
音楽 クリストファー・ヤング
出演 ミラ・ソルヴィーノ、アシュレイ・ジャッド、
 ジョジュ・チャールズ、ロン・リフキンほか

アメリカ/1996年作品/カラー/113分
配給 エース・ピクチャーズ

 新年おめでとうございます。まだまだ長いあいだ、ハッピーニューイヤーを言うことができたのに、わずか36歳でわれとわが身を断ってしまったマリリン・モンローに思いを馳せて、「ノーマ・ジーンとマリリン」を今年最初の映画紹介にとりあげます。

 ノーマ・ジーンはマリリン・モンローの本名である。正しくはノーマ・ジーン・モーテンセンという。1926年6月1日、ノーマ・ジーンはロサンゼルスで生を享けた。母は映画の編集者だった。父については定かではない。母グラディスは神経を患っていて、ノーマ・ジーンが7歳のときに発病、精神病院に収容された。グラディスの母、すなわちノーマ・ジーンの祖母も同じ病院で死亡したと伝えられる。この神経分裂症の血を引いていることが、ノーマ・ジーンの生涯の悩みだった。

 母の友人グレイスに引き取られたノーマ・ジーンは、幼い頃から映画のセリフを暗記するのが得意だった。母が映画の仕事に携っていたことが、ノーマ・ジーンにはとても大切だった。だが、愛らしい彼女はグレイスの夫に狙われる。グレイスはノーマ・ジーンを孤児院に連れて行った。それから数人の里親の家を転々としたり、再びグレイスの許にもどったり、ノーマ・ジーンはこんなふうに寂しい少女期を送った。

 映画は美しく成長したノーマ・ジーンが、ハリウッドの映画スターへの道を歩み出そうとしているところから始まる。前記の少女時代はフラッシュ・バックでつなぎ合わされる。周りの人々や、ちょっとしたコネも巧みに利用して、ハードルを一つ一つ乗り越えてゆくノーマ・ジーンは、18歳でモデルの職につき、すぐにヌード写真の人気によって、20世紀フォックスとの契約に成功する。時に20歳だった。そして髪をブロンドに染め、整形手術を受け、マリリン・モンローと改名し、ノーマ・ジーンはマリリン・モンローへと変身した。

 誰もが知っているマリリン・モンローの物語が、どうしてこんなにも私たちの心をとらえるのだろう。それはマリリン・モンローが、本当に誰からも愛された女優だったことに他ならないからである。頭があまりよくなく、セックスアピールだけが身上で、モンロー・ウォークと呼ばれる歩き方と、地下鉄の通風口で白いスカートが舞い上がるシーンばかりが有名だったけれど、なんだか純粋で正直で、うまく世の中を渡ってゆけなかった女性、ずばぬけて美しく魅力的だったために不幸になってしまった女性ということを、大衆、とりわけ女性の観衆は直感的に理解していたのである。

 さて、スターになったマリリンは幸せではなかった。虚の部分のマリリンと、実の部分のノーマ・ジーンが分裂してゆく。ノーマ・ジーンは常にマリリンの中にいて、大抵の場合、彼女にケチをつける。そこから目をそむけようと、マリリンは睡眠薬と酒に溺れる。野球のスター選手ジョー・ディマジオとの結婚と離婚、劇作家アーサー・ミラーとも結婚し離婚する。そして彼女の生涯の最後に現れた男性がケネディ大統領だった。

 泥酔したマリリンが、大統領の誕生日パーティーで、ハッピーバースディ ミスター・プレジデント、と歌うシーンは圧巻である。彼女にはもう前後の見境がなく、真実の愛を求める心だけがマリリンの全身を占めていた。ノーマ・ジーンとマリリンの意見はここで初めて一致する。「あなたなんて、もういないほうがいい」。こうして手づかみの薬が酒に入れられ、マリリン・モンローは36歳の人生を、スキャンダラスな話題だけを残して閉じた。1962年8月5日のことだった。

 ノーマ・ジーンとマリリンの役を二人の女優が演じるところが、この作品の最大のポイントである。ノーマ・ジーンはアシュレイ・ジャッド、マリリンにはミラ・ソルヴィーノが扮する。二人とも独立したスター女優で、モンローの“そっくりさん”ではない。よく似てもいるし、全く似ていないところもある。別々の人格が一人のマリリン・モンローという虚像をつくりあげたということが、はっきり提示されるのである、1992年、マリリンの死から30年が過ぎたのを機に、マリリンを甦らせようとする企画が生まれた。二人の女優がマリリン・モンローの両面をあらわすという画期的なアイディアを実現させるためには、女優探しに長い年月が必要だった。4年後に完成した「ノーマ・ジーンとマリリン」は、従来のマリリン・モンロー伝説より、さらに人々にマリリン・モンローを身近に感じさせ、モンロー不在のハリウッド映画界に、あらためて寂しさを覚えさせるのである。

 私はアメリカの女優ではマリリン・モンローとマドンナが好きだ。貪欲にスターの座についたという点で、この二人はよく似ている。違っているのはマリリンはあまりに傷つきやすく、マドンナは決して負けないということである。女性が自分らしく生きてゆきたいという欲求を、誰も妨げてはならないだろう。その点でマドンナは現代女性のシンボルといえるし、モンローはそのひ弱さによってそれを手にいれられなかった分、世界中の女性から今も愛されつづけているのである。すべてが覆い隠された時代にも、それが剥き出しになった時代にも、人は生きてゆかなければならないだろう。「もののけ姫」のことばを借りれば生きろ!である。

シネスイッチ銀座(03-3561-0707)ほかで上映中

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