「ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。・・・・・・」これは芥川龍之介の『くもの糸』の冒頭の部分である。20代の始め頃、カルチャセンターの言葉の教室に通ってよくこの一節を朗読した。
ごく最近になって鈴木三重吉が編集した「赤い鳥」の復刻版を手にして、この『くもの糸』が大正7年の創刊号に書き下ろされたものだと言うことを始めて知った。
春先から夏にかけて蜘蛛が出はじめ庭木によく巣を張っている。あるとき、それまで見たことがないような青く金色を帯びた細身のとても綺麗な蜘蛛を見かけた。朝の蜘蛛をいじめてはいけないと聞いていたので水をまくのにも注意していたのに、その蜘蛛の巣をうっかりジョウロの先で引っ掛けてしまい、そのすぐ後で庭に下りる階段を踏み外して足を痛めた。そのことを気にしていたせいもあるのかも知れないし、自分の不注意かも知れないのに、その時は蜘蛛に仕返しをされたように思ったし、今でも思っている。そして、それっきり綺麗な蜘蛛は二度と姿を現わさない。
家の中でも時おり小さな蜘蛛を見かける。もともとその姿かたちがあまり好きではないし、家の中に野放し?にしたくない。八本足で逃げ足もかなり速いが、充電したハンドクリーナー片手にそおっと近づいて吸い込むことにしている。これなら傷つけたり死なせることなしに外に連れ出すことが出来る。カンダタではないけれど、ちょっとした仏ごころである。
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