道場主今月の一言

「我々は知らねばならない、我々は知るであろう。
(
Wir mussen wissen , Wir werden wissen)」
(ダフィット・ヒルベルト(数学者))

銀座俳句道場 道場試合第51回決着!!  

月の兼題は 「花菖蒲」「緑陰」「蝸牛」 でした。

      各地、各様の梅雨模様で、おさわりなかったでしょうか、
   お見舞い申し上げます。
   遅くなって申し訳ないことですが、何しろ随分の人数になりました。
   ご理解下さい。
   梅雨明け、暑い日が始まります。くれぐれのご自愛を。(谷子)

 恋文にたった一箇所の誤字。そのことによって、なおその恋文の大切さ、懐かしさ。花菖蒲がよき時代の恋の様を伝えてくる。
 
 かたつむりの歩みを眺めつつ、ふいに思う「光年」という数の面白さ。
 ゆっくりと探す、たった一つの最適な言葉。朝の清澄な空気。
 

【入 選】

 重なりし傘に傘差す菖蒲園      萬坊
しっとりとした雨の風情。

 蝸牛旅は三日目荷の太る       弘子
何かしら増えていく旅の荷。いささかの自嘲。

蝸牛森の池畔のカフェテラス     章司
いい空気、いい時間、そしていい相手…。
緑陰を占めて七五〇CC(ナナハン)傾きぬ   あゆ
自然のやわらかさと硬質な物質の対比。「傾けり」が一句に命を加えました。
でで虫やピアノの稽古始まりて    薫子
まだまだ幼いピアノの音、間違えては行きつ戻りつ…と思わせるのは、「でで虫」の働きです。

 

   【投稿句】 (順不同・赤い字は選者添削、◎は入選)

緑陰に園児を並べ消防団       瞳夢
   消防士さんの話を熱心に聴き、返事をする可愛い園児たち…。
 花菖蒲モデルとなりて日の暮れぬ
 かたつむり己の道を塀の上

 緑蔭の立ち話となる再会         だりあ
いづくより母の匂ひや花菖蒲
 花菖蒲ひとつ揺れなばつぎつぎと
             
風もらひ囁きあへる花菖蒲                 吐詩朗
 緑陰や露仏の顔のいと幼な
   〈緑陰や幼き顔の露座仏〉と。
 銀の道残す蝸牛(ででむし)どこへ行く
   〈銀の道残しででむし何処へ行く〉と。

 赤銅の男手入れする花菖蒲                花子
   〈園丁の赤銅色に花菖蒲〉と。
緑陰も風も農婦の一人占め
 蝸牛やまばたきもせずわらべの瞳

 花菖蒲遍路の杖のゆっくりと               正己
緑陰や欅と名札付けている
 石垣やどこまで登る蝸牛

それぞれに名乗の札や花菖蒲              とみゐ
 緑陰やギターに乗りてハモる声
   「ハモる」という造語は、ここでは使わぬ方がよいでしょう。
   〈緑陰やギターひとつに合唱す〉でしょうか。

 蝸牛若しや忍術の心得
    つい笑いを誘われる一句ですね。

花菖蒲筒に一花の茶席かな。              薫子
緑陰やベンチにならべ乳母車。
   素直な句が揃いました。

 咲く序列色にありけり花菖蒲              傘汀
 緑陰やもとは海とも干潟とも

 でで虫のスローライフの殻の中             竜子
緑蔭の優しき顔で人待ちぬ
    貌(かおつき)まで想像出来そうです。そして読み手まで優しくなれます。
それぞれの道来て出会ひ花菖蒲

 花菖蒲 絵筆の先に 凛と立つ              吉田としこ
   「絵筆の先」が、描いている先(位置)なのか、絵筆によってなのかが、
   解り難いです。〈一息に絵筆走らす花菖蒲〉〈やわらかき筆の穂先や花菖蒲〉等と。


 かたつむり児に囲まれて角納む        あゆ
 牛若とひた紫の花菖蒲 
   「牛若」が花菖蒲の銘なのかどうか。そうならば、「 」付きで。

 後輩と寄り道明し花菖蒲                  霞倭文                  
緑蔭に乳母車隊駐輪す
    薫子さんの句と同想の一句ですが、「隊」「駐輪」で、公園デビューの緊張の一台もあるのではと思ったりします。現代の乳母車風景がかっきりと書かれています。
 途半ば切れない電話蝸牛
    〈途中では切れない電話かたつむり〉と。「五七・五」と「切れ」をしっかりと使ってみてください。

 マンションが 群れ立ちて蝸牛 どこへやら         河彦
かたつむりよ 還暦の我も ゆるゆると
    〈還暦の吾もゆるゆるとかたつむり〉の方がすっきりしましょう。
 かたつむり 食べし者あり 六十年前 

かたつむりそれでも一日すぎゆけり             もとこ

緑陰や拳は引いて太極拳
花菖蒲 出好き花好き 雨嫌ひ
     ついつい笑いました。「花菖蒲」というと雨に美しい花、しっとりとした女性に重なるイメージが強いのですが、ここでは日盛りの中の花菖蒲、元気な女性が活き活きと伝わりますね。

緑陰になにか棲みいし気配かな                老松
 どしゃぶりにでで虫先を急がされ
 ひきつける彩り雨の花菖蒲
     二句とも欠点があるわけではないのですが…。いささか状況説明的。

 でで虫を払ひ退けたり傘の柄に                意久子
 そっくり賞祖父を真似る子花菖蒲
 緑陰や家に戻りて墨をする 
     「緑陰や」とすると、そこに留まっているか、眺めているかの感じが強いので、「緑陰」に拘らず、中七下五を活かしましょう。
     〈夏の雨家に戻りて墨を磨る〉緑の感覚と、墨の香が伝わるでしょう。


花菖蒲色とりどりの傘の花              山野いぶき
緑陰を住処としたるホームレス
 硝子戸に這わせて遊ぶ蝸牛

 雨上がり黄菖蒲ことに清かなり           満子
   「清かなり」は「清らかに」でしょうか。
蝸牛われもゆるりと生きたしや
緑陰にふらここ揺れてをりにけり
    「ふらここ(ぶらんこ)」は、今は季語としての季節感が薄れていますが、春の季語です。この句はこのままでよろしいです。

緑陰や古紙回収の旗立ちぬ                 天花
 花菖蒲畦にくい込む靴の跡
でで虫や傘のあふるる公民館
     俳句の作り方として、「切れ」を上手に使っています。

蝸牛月に届かん角伸ばす                さかもとひろし
振り切れぬ過去背負い進む蝸牛
 かたつむり念いを込めて歩を始む

緑陰や帯ゆるやかに床料理                 方江
 かたつむりうたう子供の手のひらに 

菖蒲田に馬も休ませ絹の道                 有楽
 (北関東から江戸への絹の道の途次の風景)
こんにちはかたつむりです垣根雨
 緑陰や清朝の素志かがよえる
 (承徳宮には全中国を制覇した満州族の初代宣統帝の精神が宿ってる)

 花の名を確かめ歩む菖蒲園                 みどり
緑陰や友の繰り言果てしなく
ツノを出す蝸牛見て本を買う
   味のある一句です。新刊書でしょうか、と思わせます。   

読経止み闇に溶けそむ花菖蒲                弘子
緑陰や襁褓を替へる若夫婦

花菖蒲 真昼の風の 透きとほり               よしこ
 蝸牛 三歳の児に見つけられ
 緑陰を出でし児らは日焼顔
   実感としてよく解るのですが、「緑陰」「日焼」共に夏の季語です。
 
原宿や日本の色の花菖蒲           水の部屋
構内に緑陰チャイム鳴ってをり
   〈構内の緑陰チャイム鳴ってをり〉
かたつむり午後の木漏れ日あはあはし
   「あはあはし」は少し気になります。
   〈あはあはと午後の木漏れ日かたつむり〉と。

         
 緑陰に園児の帽子立ち上がる           萬坊       
暮れゆける湾に眼を向け蝸牛
   「眼を向け」少し意図が強すぎるようです。
    〈ゆるゆると湾暮れゆきぬかたつむり〉でしょう。

 緑陰の盲導犬は身じろがず             美沙
父恋いの白い蝶来る白菖蒲


塔の影池に揺らぎて花菖蒲             のぼる
 緑陰に受刑者の碑や鎖塚
   「碑」と「塚」の重なりを再考しましょう。
ででむしを掌に載せてみる雨の暇

 緑陰に謎の笑顔や誰かしら              あきのり
    「誰かしら」と言われても…、と読者も戸惑いましょう。
 雨くるとでで虫の足早きこと
あかんべえ空へはじけし花しょうぶ」
    こういう見方も、とても大切です。来年花菖蒲を見ると、
    思い出すでしょうね。


緑陰の道を選びて遅れけむ                 章司 
    「泉への道遅れゆくやすけさよ  波郷」を思いました。
幸運の色はむらさき花菖蒲


緑蔭は咽喉の裂ける水の如                 京羅坊
    もう少し、自分の伝えたいことを整理しましょう。なんとなく言いたいことは推察できるのですが…。
蝸牛銀座の街に生きてをり
寅さんの恋は実らず花菖蒲
    渥美清に代わりて詠める…ようです。
 
住み慣れし町去りがたし若葉風               竹雄
 亡き父やカツオ茶漬けの懐かしき
まばゆきて万太郎忌の入日かな   
    〈まばゆくも万太郎忌の入日かな〉

 神宮の森の静寂に花菖蒲                          紫微
    〈神宮の森の静寂花菖蒲〉と。 
緑陰や風カンバスの上走る
 家康の遺訓脳裏にかたつむり
    「脳裏」を削ることを。

 伊那富士と 一幅の窓 花菖蒲              陽湖
  (通称 伊那富士・・・・戸倉山(とぐらやま 伊那市))
    「一幅の窓」を再考しましょう。
    〈一幅のごとし伊那藤花菖蒲〉

緑陰より 村営バスの 午後の便
     中七以降結構です。よき景色、空気が伝わります。
 蝸牛 小児病棟 ビーズ展

 花菖蒲時計まはりに蕾解く                洋光
 細かく書きすぎました。
緑陰に入りて肩寄すふたりかな
ででむしに思はぬ早さありにけり
             

 ざわわざわわ父を偲ぶ緑陰(こかげ)かな         悠々
   「ざわわざわわ」というと、すぐ「サトウキビ畑」が浮かびます。沖縄戦での死者かと思ってしまいます。
「緑陰」を「こかげ」と読ませるのは、いささか無理です。それから、「偲べる」と。

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