ポーランド・クラクフにて  その1

 5月の末から1週間、ポーランドの旧都クラクフに滞在した。15世紀の王の居城だったヴァヴェル城をはじめ、町全体が博物館のような美しい佇まいだが、ここから車で40分ほどのところにアウシュヴィッツがある。折柄、この地方出身のローマ法皇パオロ2世が南都の各都市を巡礼中で、明日はクラクフ、という日にこの地を去らなければならなかったのが、なんとも残念だった。

 もう15年以上のお付き合いになる映画監督、アンジェイ・ワイダさん夫妻といつも一緒の毎日だった。二人の家はワルシャワにあるが、年の半分くらいはクラクフに住んでいる。ワイダさんがポーランド有数の演劇集団、クラクフ・スターリー劇場の芸術監督を務めているからである。

 さて、よく晴れたある日の昼下り。ワイダさんと連れ立って石畳の町を歩いていると、高校生らしい3人の少年と行き交った。彼らはすれ違いざま、つっと横道に入った。と、すぐに「アンジェーイ!!」と声をそろえて呼ぶ声が聞こえてきた。ワイダさんは下をむいたままニコニコ笑っているばかりなので、「ターク」(はーい)と代わりに答えたが、なんだかとても楽しい気分だった。

 クラクフを離れる日、空港に向かう早朝のタクシーの中で、初老の運転手さんが、助手席のワイダさんに話しかけている。「ポーランドで一番有名な文化人は、ワイダさん誰だと思いますか。ショパンですか、ミツキェヴィッチ(19世紀の詩人)ですか、ローマ法皇ですか」。「そんな難しい問題にはすぐには答えられない」とワイダさんは考えこんでいる。

 ワイダさんがクラクフの人々に親しまれ、愛されている様子を見てまた嬉しくなった。そして、それにしてもやっぱりショパンなのではないか、と思いつつ、まだまだこの国をよく知らないことに気づく。(大竹 洋子)
                       

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