「ブラス!」

大竹 洋子

監督・脚本 マーク・ハーマン
製   作 スティーブ・アボット
撮   影 アンディ・コリンズ
音   楽 トレヴァー・ジョーンズ
演   奏 グライムソープ・コリアリー・バンド
配   給 シネカノン
出   演 ピート・ポスルスウェイト・ユアン・マクレガー、
 タラ・フィッツジェラルドほか

1997年東京国際映画祭審査員特別賞受賞作品
1996年/イギリス/カラー/ドルビーSR/107分

 イギリス映画「ブラス!」は期待にたがわぬよい作品だった。イングランド北部、ヨークシャー地方の炭坑の町が舞台である。吹奏楽団グリムリー・コリアリー・バンド。100年の伝統をもつこの楽団のメンバーは、全員が愉快な気のよい炭坑夫である。そして1992年のイギリスでは、もはや石炭の需要ははなばなしく低下し、鉱山閉鎖の波はこの町にも押し寄せていた。

 アマチュアとはいえ高い実力とキャリアをもつ彼らの夢は、地方予選で勝ちぬき、ついには全英選手権に出場することである。全国大会はロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われる。その日をめざして彼らは猛練習をつづけている。バンドの運営費は各地のコンテストでの賞金と、団員のカンパで賄われる。団員たちは酒代を削り、妻の目を盗んでカンパするのだ。指揮者のダニーも坑夫のOBである。今や彼の頭には全国大会のことしかない。しかし長い間の炭坑暮らしで、彼の肺は真っ黒になっていた。

 グリムリーの町に、楽器をかかえた若い娘がやってきた。ダニーの親友の孫娘グロリアが、生まれ故郷に帰ってきたのである。グロリアがバンドに参加したから、このところ沈滞気味だったバンドは俄然活気づく。若い坑夫のアンディは、少年の頃からグロリアに恋していた。再会した二人はすぐに愛し合うようになる。

 グロリアを加えたバンドが最初に演奏する「アランフェス協奏曲」がすばらしかった。ブラスバンドから想像する高い金属性の音ではなく、低く落ち着いた抱擁力のある合奏が始まり、グロリアのフリューゲル・ホーンがアランフェスの第2楽章のメロディーを奏でると、私はたちまちこの映画の虜になった。なんともいえない美しい音が炭坑の町にながれてゆく。町の工場では労使双方の交渉が行われている。そんなさびれる一方の町の隅々にも、ブラスの音はやさしく鳴りひびく。だが、グロリアは会社側の人間としてこの町に派遣されてきていたのだ――。

 監督で脚本も担当したマーク・ハーマーは、1954年にヨークシャーのブリドリントで生まれた。彼の独特のユーモアセンスは、「ブラス!」を見ればすぐに解る。そして、何冊もの詩集を出している詩人であることも。ダニーの息子フィルは、とりわけ貧しいトロンボーン奏者である。生活苦で妻が4人の子どもを連れて家を出た日、アルバイトのピエロ姿で、フィルはキリスト像に向かって叫ぶ。あんたは俺たちになにもしてくれないじゃないか。してくれる気があるなら、どうしてジョン・レノンを殺したのか、若い坑夫を二人も死なせたのか、なぜサッチャーだけが生きているのかと。

 もう一つ、印象に残ったシーンをあげたい。病に倒れたダニーの病室の窓の下に、団員が集まってくる。夜である。バンドの解散を決めた彼らが、これが最後の演奏として選んだ曲はアイルランド民謡の「ダニー・ボーイ」だった。闇の中でみんな坑夫の帽子をかぶっている。それぞれにライトが光っている。この姿で、彼らはずっと暗闇の坑内で働いてきたのだ。グロリアが去り、ヤケをおこしてビリアードの賭けに負け、アルト・ホーンを失ってしまったアンディは、自分のパートを口笛で鳴らす。病室のダニーには一人一人の音がきこえる。まして曲目は「ダニー・ボーイ」。

 この映画のすばらしさは、彼らがなんのみかえりも求めず、ただ演奏することに生き甲斐をもっている点にあると思う。音楽は音楽であって、それ以上でも以下でもない。そしてそこにあるのは失業寸前の人々の生活である。映画の大詰め、鉱山の閉鎖を決めた会社に辞表をたたきつけたグロリアが、ロンドン行きの費用、自分の全財産をもってグリムリーに戻ってくる。こうして彼らはロンドンに乗り込むことになる。各地の強豪バンドが競う中で演奏するのは「ウィリアム・テル序曲」。これは映画なのだ、映画なのだから大丈夫と、私は何度も自分にいいきかせた。そして彼らは優勝する。

 大会に勝って全聴衆の拍手喝采を浴びたあと、映画は本領を発揮する。病院から抜け出してきたダニーが客席に向かってこう述べるのだ。「あなたがたはクジラやイルカの保護には立ち上がるが、我々の困難には手を貸さない」。

 実在の全英一の人気楽団、グライムソープ・コリアリー・バンドをモデルにした作品である。イギリスのベテラン俳優、例えば「父の祈りを」の父親を演じたピート・ポスルスウェイトのダニー、スコットランドに生まれ、「トレインスポッティング」(96)で一躍人気スターになったユアン・マクレガーのアンディ、イタリアとアイルランドの血を引く女優で、「ウェールズの山」(95)に出演したタラ・フィッツジェラルド、ある意味では彼が主役のスティーブン・トンプキンソンのフィルなど、出演者とスタッフが声をそろえて、生涯で最高の経験だったというような、「ブラス!」はそんな作品だった。大勢の若者が映画館につめかけているのも、私にはうれしいことである。

3月末まで有楽町シネ・ラ・セット(03-3212-3761)で上映、
 渋谷シネ・アミューズ(03-3496-2888)ではレイトショー上映中、
問い合わせはシネカノン(03-5458-6571)まで。

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