銀座一丁目新聞

追悼録(668)

柳 路夫

人質の身代わりとなって殉職した軍人

フランスは仏南部で3月23日に起きたスーパー襲撃テロで人質の身代わりとなって殉職した治安部隊員の中佐に国民追悼式を行ってその功を称えた。

死亡したのは、国家憲兵隊のアルノー・ベルトラム中佐(44)。スーパーに侵入したラドワン・ラクディム容疑者(25)が2人を射殺して立て籠もった際、現場に駆けつけ、交渉の末に人質の女性の身代わりになった。ひそかに携帯電話を机の上に置いて通話状態に保ち、店を包囲していた警察や治安部隊に内部の様子を伝えた。立て籠もりから約3時間後、治安部隊が店内に突入。容疑者を射殺した。その際、中佐は撃たれて重体となり、死亡した。

このニュースを見て私は「命より大切な仕事がありますか」という言葉を思い出した。電通の女性社員が過労から自殺した問題で遺族から出た言葉である。日本は戦後あまりにも平和が長く続きすぎた。決して言葉尻をとらえるわけではない。「死は時には仕事遂行の決意と責任」に絡んでいると思うからである。この問題を本紙で取り上げた(平成28年12月10日号)。紹介する。

『毎日新聞、スポニチ在職中、電通にはつねに敬意を持っていた。お世話にもなった人物がいたからである。その人たちは「鬼の10則」の実践者たちであった。10則があるからと言ってこれを実行できる人は極めて少ない。一女子社員の自殺からこの「鬼の10則」が社員手帳から削除されるらしい。残念でならない。電通は資本金746億981万円、従業員7261人。世界最大の広告代理店である。それにしても今回の事態に電通の対応は悪すぎた。「鬼の10則」に「仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない」とあるではないか。地下の4代目社長吉田秀雄さんが泣いているであろう。さらに少し気にかかることがある。「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」について遺族から「命より大切な仕事がありますか」となじられている。電通も少しひるんでいるように感じられる。

「葉隠」に言う。「本気にては大業ならず。気違いになり死狂ひするまでなり。また、武道においては分別出てくれば、早や、後るるなり。忠も孝もいらず、士道においては死狂ひなり」とある。死に覚悟でなければ立派な仕事が成就できない。この世には死んでも守らなければいけない仕事もある。「表現の自由」「報道の自由」もその一つである。死者に鞭打つつもりはない。「義を行うに死をもってする」のも紛れもない事実である。

私が新聞の世界から離れて20年もたつ。電通も巨大企業になったから風通しが悪くなったのであろう』

仕事には死を賭して遂行しなければいけないものがあるということだ。