銀座一丁目新聞

花ある風景(616)

並木徹

「鬼の十則」と電通の行方

毎日新聞、スポニチ在職中、電通にはつねに敬意を持っていた。お世話にもなった。人物がいたからである。その人たちは「鬼の10則」の実践者たちであった.10則があるからと言ってこれを実行できる人は極めて少ない。一女子社員の自殺からこの「鬼の10則」が社員手帳から削除されるらしい。残念でならない。

電通は資本金746億981万円、従業員7261人。世界最大の広告代理店である。
それにしても今回の事態に電通の対応は悪すぎた。「鬼の10則」に「仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない」とあるではないか。地下の4代目社長吉田秀雄さんが泣いているであろう。さらに少し気にかかることがある。「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」について遺族から「命より大切な仕事がありますか」となじられている。電通も少しひるんでいるように感じられる。

「葉隠」に言う。「本気にては大業ならず。気違いになり死狂ひするまでなり。また、武道においては分別出てくれば、早や、後るるなり。忠も孝もいらず、士道においては死狂ひなり」とある。死に覚悟でなければ立派な仕事が成就できない。この世には死んでも守らなければいけない仕事もある。「表現の自由」「報道の自由」もその一つである。死者に鞭打つつもりはない。「義を行うに死をもってする」のも紛れもない事実である。

私が新聞の世界から離れて20年もたつ。電通も巨大企業になったから風通しが悪くなったのであろう。銀座展望台(11月8日)に次のように書いた。
「電通、女子社員の自殺を巡って労基署から家宅捜索を受ける。新聞社の社会部にいた私は『寝食を忘れて家庭を顧みず』働いた。事件が起きると現場に泊まり込み取材をした。一ヶ月ぐらいの時もあった。それが当たり前だと思っていた。昭和20年代のころの話である。時代が変わって今ではそうではないであろうと、思っていたら電通さんは昔ながらの仕事ぶりらしい。これに驚ろくとともにさすが電通と感心もした。電通の「『鬼の10則』を思い出した。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

「鬼の10則」を放棄した瞬間から電通の崩壊が始まる。と私には思える。