銀座一丁目新聞

茶説

ロッキード事件はアメリカの謀略ではない

 牧念人 悠々

今年はロッキード事件で元首相田中角栄が逮捕されたから40年たつ。当時、事件を取材した高尾義彦さん(現日本新聞インク社長)が同人誌「人生八声」の中でこの事件をアメリカの謀略説とする記事を紹介している。
元首相が金脈問題で失脚して2年後に何故、ロッキード疑惑が米国から持たされたのか、これは今となっても大きな謎だがとして次のように説明する。

『昨年10月1日付毎日新聞の連載「核回廊を歩く 日本編」13回目に元首相秘書官であった小長啓一さん(84)が「フランスからの濃縮ウラン調達が米国の虎の尾を踏んだ。当時のキッシンジャー米国国務長官が後に中曾根さんに「あれはやり過ぎだ」と話していると、ロッキード事件の遠因を語っている』という。さらに中曽根康弘元首相の本を引き合いに出して「国産石油、日の丸原油を採るといって(米国の)メジャーを刺激した。石油取得外交をやった。それがアメリカの琴線に触れたのではないか」と推断している。田中元首相も評論家・田原総一郎が雑誌に寄稿した「アメリカの虎の尾踏んだ田中角栄」の論文を見て『平然と「そうだよ』と言ったという(佐藤明子「私の中の田中角栄日記」より)。

ロッキード事件をアメリカによる謀略だということを毎日新聞が2000年6月、出版した「20世紀事件史『歴史の現場』」も取り上げている。この中で政治部近藤憲明記者がロッキード事件の政治部の取材班のキャップであった岩見隆夫君の「事件が日中接近に危機感を抱いた米国保守派の謀略によって起こされた可能性がある」と言う推論を紹介している。

果たして『ロッキード事件』はアメリカの謀略によって起きたのか…

私はこれすべて関係者の推論でしかないと思っている。

日本の大新聞がこの事件を取り上げたのは1976年(昭和51年)2月5日からである。この日、朝日新聞は朝刊2面4段の地味な扱いで「米上院外交委員会多国籍企業小委員会で、ロッキード社が日本への航空機の売り込みに関して政府高官に巨額のわいろをばらまき秘密代理人・児玉誉士夫らが暗躍した」と伝えた。各新聞の全面展開はこの日の夕刊から始まった。

つまりこの事件はアメリカから持たされたものだという新聞記者・評論家にある。この先入主がすべての誤解の始まりだと思う。米国の謀略説であれば事件は深みを増しく面白いかもしれない。だが私は「事実」を直視せよと言いたい。東京地検はこれより4年も前にロッキード社が日本への航空機の売り込みに暗躍していた事実を知っていた。タプロイド版4ページの日本報道新聞(月3回発行)が1972年(昭和47年)11月1日号で1面から3面を使って「ロキードスキャンダル」を報道しているからだ。「未曾有の汚職に発展か 全日空のエアバス問題 ロッキードが勝利する!1千億円の”空中戦”」さらに「田中―小佐野―ニクソンーロッキード・丸紅の点と線とズバリ、ロッキード人脈を暴露したのである。この事実を忘れてはならない。3年3ヶ月後日本報道新聞の報道がそのニュースを現実化した。

実際に東京地検が捜査を開始したのは1976年3月22日であった。日本報道新聞の「報道」を毎日新聞は1976年9月11日連載「構造汚職」の最終回で扱っているのも注目される。東京地は実は昭和47年11月ごろからすでにロッキード社、丸紅、田中角栄等の情報収集をしていたとみてもいい。米上院他国企業小委員会の情報がなくても東京地検は田中角栄元首相の捜査に乗り出していた。あえて言えばその情報は捜査へのきっかけを作ったに過ぎない。話を資源がらみや外交問題に絡ませると話がもっともらしく謀略的になり知的で面白くなる。新聞記者は事実を持って記事を書くべきである。今年のロッキード事件40周年はまた謀略説がはびこるのであろう。事実と現場を忘れた新聞の行く末は破滅しかない。