銀座一丁目新聞

追悼録(573)

北関東・東北水害の犠牲者を追悼する

北関東・東北水害では死者7名の犠牲者を出した。50年に一度の豪雨のもたらしたものとはいえ不条理な犠牲であった。家屋の流失、床上浸水、停電、断水、農産物など被害甚大である。常総市では一時、行方不明15名と発表するなどさまざまな教訓も残した。

驚きは被災地に空き巣の被害が起きた事態である。空き巣には怒りを感じる。幕末に尊皇攘夷を掲げて蹶起した天狗党の掟に「民家に立ち入り財産を掠め候事」とあり「断頭に行ふ者也」と実行犯を打ち首にしている。それに似た感情を持った。

50年に一度という出来事だが異常気象の昨今、これを当たり前と思わなければいけない。鬼怒川を含めて3河川で3ヵ所決壊、11河川で13ヵ所の越水おきた。治水は国の大事。金をつぎ込むのを忘れてなるまい。油断は大敵、豪雨に『最悪の事態』を常に考えて対処すべきであろう。

考えさせられたのは常総市の行方不明の扱いである。当初、常総市は15人が行方不明と発表したが6日後に14名は無事で1名は嘘の届けであったと訂正した。行方不明者の名前がいち早く公表されておればその消息がすぐ判明したわけだ。何も自衛隊、警察、消防の2000人体制で5日間も捜索する必要はなかった。税金の無駄遣いであり自衛隊・警察などを無駄な仕事に従事させた。あってはならないことだ。名前を公表しなかったのは個人情報保護法のためだという。災害が発生して自衛隊、警察、消防、公務員などが大量に動員され救助、避難者の救援、行方不明者の捜索にあたっている時点ですべて公益が優先される。行方不明者の名前を公表しても何ら違法ではない。むしろ積極的に公表すべきものだ。

心温まる話もあった。鬼怒川決壊による災害中継映像で視聴者がかたずをのんで見守ったのが屋根に取り残された夫婦と二人が抱いていた愛犬のヘリによる救出劇だった(9月12日東京スポーツ・写真も掲載)。この救出劇に非難の声もないではない。こうした非常事態の時ペットはどうするのか。「災害は忘れたころにやってくる」と名言を残した寺田寅彦の「柿の種」には面白い記述がある。関東大震災2日目火災が自宅の界隈までやってくるというので立ち退き準備を始めた。その時に2匹の飼い猫を誰がどのようにして連れてゆくか問題になったという。寺田は次の本の話を紹介する。ウエルズの「宮中戦争」ではただ独り生き残った男が敵軍の飛行機を修理して島に迷って飢えていた猫を憐れんで一緒に脱出する話が出ている。また同じウエルズの「放たれた世界」でも堤防が破壊されて国中が一面海なった時、幸運にも一艘の船に乗り込んで命が助かった男が居合わせた1匹の迷い猫をつれて行く話があるという。北関東・東北水害は「天の怒りか地の声か」。心して聴くべきだ。犠牲者に心から哀悼の意を捧げたい。

(柳 路夫)