銀座一丁目新聞

 

花ある風景(558)

 

並木徹

 

牧内彰子さんの染色「波濤」を見る

第54回「日本現代工芸美術展」を見る(4月18日・東京都美術館)。今年の特色は「若い工芸作家たちの応募が多く、明日を意識した感性ある作品が出品された」という。展示作品は陶磁、漆、金属、染織、七宝、人形,木,刺繍、パチワークなど626作品、8室に分かれて展示されている。
目指すのは彰子さんの染織「波濤」。第5室、藤見真知子さんの「ある風景」(祈りのうちに)と宇佐美美和さんの「森のうぶ声」の間に作品があった。この部屋の展示作品107点。ひいき目か、彰子さんの作品は立体的だけに他より目立って見えた。2年前に新人賞をいただいた「波上の輝き」と似たような構図ながら荒ら荒らしい力強さを感じる。彰子さんは「今年も思いは穏やかな風景をと、思いつつ気に入る姿が出来ず制作していくに従い荒々しく渦巻くような雰囲気に変化し・・・」と説明する。“荒々しいさ”は欲求不満の表れ。それは向上心のしるしである。さらに上に向かわんとする彰子さんは今後も伸びてゆく予感がする。作品を観ているうちにふと、今読んでいる斎藤茂吉著『萬葉秀歌』(上・岩波新書)の柿本人麿の歌を思い出した。彰子さんが住居を構える名古屋とはそう遠くない三河渥美郡伊良虞崎あたりを詠んだ歌である。
「潮騒に伊良虞の島辺こぐ船に妹乗るらむか荒き島廻を」
(意味・潮が満ちて来て鳴りさわぐ頃、伊良虞の島近くこぐ船に供奉して参った自分の女も乗ることだろう。あの波の荒い島を)。
昨今私は萬葉の歌に凝っている。もののあわれにひかれる。歌は心を和やかにしてくれる。優れた美術作品もまた同様である。
この日、彰子さんはご亭主の牧内克史さんと一緒に上京した。3人で美術館の中なのレストランでお茶を飲み機会があった。二人の悩みは30を超えた二人の娘さんがいまだ独身だという事。私は「つまらない男が多いこの世の中。縁は異なもの。そのうちよい人に巡り合えますよ」と伝えた。
そこで気が付いた。手紙に「余裕ではなく余遊の気持ちが表現できるのはいつの日か・・」とあったがその日は孫が誕生した時だと思う。そうだとすれば、染織に余遊が現れるのはもう少し時間がかかるかもしれない。人生は長い。あわてることはない。