2014年(平成26年)5月1日号

No.607

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花ある風景(522)

 

並木 徹

 

上野の森で桜とハープで楽しむ
 


 4月の一日。上野の森で過ごす。午前11時、上野公園は桜が盛りを過ぎたというのには緑のシートを広げて所在なさそうに場所取りをしている若者もいればすでに酒を飲んで騒いでいる若い男女もいる。上野広小路口から動物園入口の通りはたくさんの人通りであった。外国人も少なからず見かける。上野精養軒に隣接する大仏山の丘の上に顔面部のみの大仏がレリーフとして保存されている。合格祈願所として知られる。薬師仏を祀るパゴダ様式の祈願塔と志納所が併設、ここにたたずむのは私一人だけであった。

 「大仏のうしろに花の宴かな」
 「大仏の顔のうしろに花が散る」

 本日の眼目は長沢真澄さんのハープ演奏会(4月7日)。真澄さんの父親長沢義忠さん(故人)が芝中学校出身でこの日同級生8人(夫人同伴者1人)が集まった。その一人霜田昭治君の誘いで陸士同期生ということで田中長君とともに出席した。演奏は午後1時30分。会場は東京文化会館小ホール。真澄さんはオランダ・マーストリヒト音楽院ハープ科教授であり日本でも著名なハーピストである。そのハープの音色の玄妙さに酔いしれた。ジャン・パティスト・クルムフォルツ(1742−1790)のプレリュードには心をゆさぶられた。その旋律はあまりにも悲しかった。死の直前の作品なのであろうか。聞けばクルムフォルツは妻の愛を失って自殺したという。モーツァルトのソナタKV27も快く響いた。モーツァルトの協奏曲のなかで最も広く知られ愛好されている「フルートとハープのための協奏曲 ハ長調」もフルートに和する清冽なハープの音色が優れた音楽性をかもしだし、幽玄の世界へ誘うからであろう。

 「春うらら ハープ床しく 玄妙」

 最後に、CH・ボクサによるモ−ツァルト「ドン・ジョバンニのテーマによる変奏曲」を聞いた。ハープに“古代”を感じる。アッシリアの軍樂隊にはタンバリンとハープを持っていたというレリーフが存在し正倉院御物にもオリエント・ハープの「螺鈿箜篌(らでんくご)」がある。真澄さんが演奏した楽器「シングルアクション・ハープ」は17世紀後半に考案され、18世紀初頭、パリの貴族の間で淑女の嗜みとして流行、ポンパドール夫人、マリー・アントワネット、ナポレオン王妃ジョセフィーンなどに愛されたという。モーツァルトはこの楽器のために前掲の「フルートとハープのための協奏曲」を書いた。想像は膨らむ。モーツァルトに「江戸子守唄のテーマによる変奏曲」を作曲させたら面白かっただろうと思った。

 「春悲し ハープが招く 子守唄」

 終わって真澄さんの妹・宮島瑞穂さんとコーヒーを飲む。霜田君ら同級生は在りし日の父親の話をする。瑞穂さんは父親が亡くなった時、幼かったので初めて聞く話が多かったという。友人がなくなって45年もたつのに同級生たちがその家族のために集うのは麗しい。時がたつのも忘れた私たちであった。上野の森はすでに夜の灯りがついていた。

 「尽くせない 友の想い出 春流る」