2013年(平成25年)3月20日号

No.568

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山と私

(95) 国分 リン

― スノー合宿「斑尾山・妙高山 ―  

 北信五岳は妙高山・戸隠山・飯縄山・黒姫山・斑尾山をいい、おのおの独立火山である。北信の仲間に入っている妙高山だが、越後の名山である。

 日本山岳会の山想倶楽部の忘年山行でお世話になった赤倉ユアーズインで行われるスノー合宿に、喜んで参加申し込みをし、長野から信越線に乗り換え、黒姫高原辺りから雪の量が多くなり、妙高高原はさすが新潟県、雪国になった。同じ電車に乗っていた仲間6人と迎えの車で宿へ到着。

 午後から「雪山でのもしもの訓練をします。」ビーコンやゾンデの使い方を各自習い、雪洞掘りを皆で3つ作り、中へ入り、折からの冷たい風除けを体験した。最後に雪面の弱層テストはS氏・T氏の2人が30a四方で高さ1mの雪柱を残し、周囲に入れる穴を掘り、その雪柱の側面をのこぎりで切ると何層もの雪の層があり、叩くと崩れる層を何度もみせてくれた。始めて観た実験で、雪崩の怖さを感じた。この雪層は形を変え、熟練した岳人たちの命を奪うのか、改めて思う。 そうだ、昨年5月北穂の下山中に、表層雪崩に遭ったことを思い出した。
  

 2月10日 窓から朝日に照らされた山が見え、スキー日和と嬉しくなった。「今日はスノーハイク組とスキー組に分かれて行動します。O氏が斑尾山頂上へガイドします。リフトで最高所まで上ると、そこは絶好の妙高山見晴らし台で、そこで全員で集合写真を撮り、別れて行動します。」2台の車で斑尾スキー場へ、3連休中の中日で駐車場は満杯で、上の第二駐車場へ行くと、急ごしらえの駐車スペースを広げていた。そこへ駐車出来た。リフト券売り場を目指してスキー場を歩き、大勢の人混みの中へ到着。 
 リフト券売り場の長い行列、リフト乗り場も行列、何年ぶりの混雑かなと久しぶりにびっくりした。スノーハイク組が10人、スキー組が5人で、青空の雪林の中を登り始めたハイク組を見送った。

 「さあ滑るよ。」始めてのコース、カリカリのアイス盤に怖くなって声を挙げ転んだ。なかなか起き上がることが難しく、夢中で動いていたら、今回の指導者T氏が見守っていて下から声をかけてくれ、やっと滑れる斜面に出て、安心した。始めてのコースは緊張で余裕が無く、ストックの付き方、体重移動、目線や、T氏と同じ動きでシュプールを描くと上手になること等、何度も丁寧に教えられ、滑り降り、マンツーマンの指導を受けることができ、楽しくスキーが出来た。15時に集合場所へ戻ったら、もうハイク組は戻っていた。

 夜の山想倶楽部の反省会で、O氏に言われたことが、胸にこたえ、今も心に刻んでいる。「スキーも山も格闘技、向かっていこうという気持ちが無ければ、前進しないです。気持ちが無くなったら終わりです。だから今回T氏に連れられ、上からチャレンジしたから、一歩前進ですよ。」

 2月11日 窓から外を見たら、吹雪だ。駐車場の車が一晩で50センチの雪に埋まっている。O氏も朝から道路の雪片づけをしている。吹雪の中のスキーはホワイトアウト状態になり、楽しくないので、早々にスキーを片付け帰る準備をしていたら、「パウダースノーでスキー滑ると楽しいよ。」「私は雪国生まれなのに、吹雪に負けるなんて。昨日の反省はどうなのか。」

 この地方は豪雪地帯で10年間の積雪量のポスターが貼ってあった。5年前までは毎年のように雪に埋まり、その後3年間は半分の降雪量、昨年はまた豪雪地帯に戻った。宿の中は温泉の床暖で温かいが、1歩外に出ると雪との戦い、雪国の人たちの生活は、本当に頭が下がる思いであった。