2013年(平成25年)1月20日号

No.562

銀座一丁目新聞

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花ある風景(480)

 

並木 徹

 

芝居の中のデイサービス施設
 

 山田太一作「心細いサングラス」を見る(1月11日。東京・六本木「俳優座劇場」)。物語の舞台は元銭湯であった家。1日の利用者が10人程度のデイサービスの施設である。管理者は元数学の先生の久保川卓也(中野誠也)、妻・奈津(川口敦子)は生活相談員を務める。この夫妻を中心にして物語が展開する。老いるとともにいやおうなく介護される時が来る。他人事でなく熱心に舞台を見つめる。久保川自身もアルツハイマーの初期、時々人の顔が思い出せないでいる。奈津も筋萎縮で時々つまずき倒れる。元数学教授の久保川がこんなセリフを吐く。「今は数学でないと世の中というものはわからないんだよ。みんな数学と関係があるんだよ」。なかなか含蓄のあるように思える。なぜか私は1ヶ月ぐらい前から暇を見て『大人に役立つ数学』(文春新書・著者小宮山博仁さん)など数学の本を読んでいる。小宮山さんの本の扉に「先を読み、そして順序だてて物事を考えて行動すると大概の仕事はうまくいきます」と、その効用が記されてある。私の場合、私の潜在意識がボケを恐れているからであろうと思う。さらに理屈を言えば、加藤周一さんは「当世文士心得」の一つに「不思議な国のアリスを読むべし」として「数学」を強調しているのだ。「『不思議な国のアリス』を書いた人(著者ルイス・キャロル・数学者)の読んだ本を読めばさらによろし。すなわち数学。これこそ経験に係らぬ唯一の学なり。詳しくは英文豪ラッセル卿の所論においてみるべし」と、加藤さんは説く。

 元数学者が管理者だというのにこの施設の経営は楽ではないようだ。正規の看護職員2人、パートの介護職員2人、それにケアマネージャー、機能訓練士がいる。新しく採用されたバイトの若者はまじめだが決して笑おうとしない。以前勤めていた特別養護老人ホームで終末老人を見てショックを受けたらしい。皆で彼を笑わせようと努力する。脳梗塞で倒れ右手が不自由な老人は照れ臭いのかサングラスをかけて銭湯の女湯を覗き見した話などをする。昔は出歯亀といった。今や死語となった。若者は恋人の何気ない言葉で笑いこけてショックが解ける。皆で暗い歌をあかるく歌って幕となる。

 「いのちって ふうっと きえるんですね じぶんのじゅんばんも くるんですね そんなことをかんじると あらゆるいのちが いとしく いとしく なりますね」(パート介護職員に扮した天野真由美の「あなたの『昨日、今日,明日』とは」の設問の答えより)。