2012年(平成24年)9月10日号

No.550

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茶説

無 礼 者

  市ヶ谷 一郎

 筆者は法律家ではない。ずぶの素人の国民として素朴に考えてみた。

 去る8月27日午後4時ごろ中国人の乗った二台の車が丹羽 宇一郎中国大使の乗った公用車の走行を執拗に追尾、妨害し、果ては掲揚していた日本国旗を奪った。日本側は「迅速、厳正対処」を要請し、中国政府も写真を撮られ、ナンバーも記録されているので今回は、グウもスウもない。「国内法に基づいて対処している。」と回答があったそうだ。新聞によれば、中国の刑法では中国国旗を毀損した者は、3年以下の懲役などに処せられるが、他国の国旗の場合は規定が無いそうだ。なるほどあちらの連中は、あっちこっちのデモでよく、平気で他国の国旗を踏みつけたり、燃やしたりする訳が判った。「司法の独立」かと、変な納得をする。また、異例だが中国礼賓局は日本の斉藤公使に容疑者は中国人男女4人とし捜査状況を説明した。勿論謝罪なし。こういう難しいことはマンマンデー(遅い)なのだが、以外に結末は早かった。しかし、9月5日の報道では行政処分だそうだ。

 明治24年(1891)5月11日、日本訪問中の列強ロシア帝国(今のロシアではない)皇太子ニコライ(後のニコライ二世)が滋賀県大津で、警備の警察官津田 三蔵に斬りつけられ重傷を負った事件を想い出した。当時ロシア艦隊が神戸港に停泊していて、当時、発展途上にあった日本は、この重大事件に恐れおののいた。慰労には国を挙げて尽くした。死をもって詫びる自殺女性までも出た。だが犯人には国内法が適用され、無期徒刑となった。当時、国内には皇族に対する罪はあっても、外国皇族に対する罰則はなかった。政府要人は多数責任を取って辞職した。しかし、死刑にせよなどの政府の圧力に屈せず、当時の大審院(最高裁判所)院長児島 惟謙が法治国家として法を遵守し、司法の独立を明言した。日本の迅速な処置や謝罪には、暗に死刑を望んでいたらしいロシアも寛容の態度で臨んでくれ、無事解決されたという。

 2004年8月にも大使館の公用車が中国人に襲撃されたが、事実上の補償に応じたのは翌年5月だった。また、現行のウイーン条約の外交官の安全保護などを定めたのに違反してないか?新聞によれば、日本政府も内政干渉を懸念し、中国国内法に基づく適切な処分を期待するという。いま、中国では尖閣問題の反日デモ真っ盛り、愛国無罪の風潮もある。日本では、政府は異常なほど冷静、冷静と相変わらずの思いやり、国民は学生運動の前科者なども含め、反中デモや変な行動は起こしていない。もっとも、政治家は票取りに汲々とし、国民は、反原発、反オスプレーに忙しいのかな。

 かつて、こんな中国の話を聞いたことがある。夫婦喧嘩をする。ふたりは外へ出て背中合わせになって隣近所、見物人にお互いの悪口をまくしたてるとか。そういえば、尖閣上陸の犯人が連行中、終始怒鳴っていたのも合点がいく。とにかく宣伝第一だ。なんとも外交問題、国民感情で、押せば引き、引けば押すと硬軟両様で難しい相手で、おまけに世界一メンツを重んじ、プロパガンダ(宣伝)を駆使する国なのだ。足元の隙(国内政情不安)を見、安心してエスカレートし、次から次と、もぐら叩きのように攻めて来る。

 もし、この襲撃事件を含め、尖閣列島や海洋開発にまつわる諸問題が逆だったらどうだろうと愚考する。読者諸子ならどうする?ぜひご賢察を。