1998年(平成10年)9月10日(旬刊)

No.51

銀座一丁目新聞

 

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茶説

安易に仕事をするな

       長野毒茶事件に思う

牧念人 悠々

 長野県須坂市のスーパーで青酸入りの缶ウーロン茶がみつかった事件で、首をかしげざるをえない出来事がある。新聞はそのまま見過ごしているが、缶ウーロン茶を飲んだ直後に倒れて死亡した小布施町の男性(58)に対する病院側と警察の対応である。

 男性は831日午前730分ごろ、自宅で朝食の際、買っておいた缶ウーロン茶を飲んだ直後に倒れた。中野市の病院に運ばれたが、到着時には心肺停止状態で、午前916分、死亡した。病名は「急性心不全」。病院側は、心不全に至る原因がはっきりしないとして、警察に検視を頼んだ。警察は一応検視したものの、別に異常が認められなかったので、病名通りであろうと、遺体解剖の処置をとらなかった。

 調べによると、男性の血液の青酸化合物濃度は通常の致死量を超える4PPM強を検出し、かなりの高濃度であった。とすれば、患者の体には青酸化合物特有の反応が出ていたはずである。残念ながらそれを見落としていたということになる。

 親しくしていた警視庁鑑識課の課長だった岩田政義さん(故人)が、その著書「自他殺の鑑識」(警察図書)の中で、青酸塩による中毒死の場合、次の所見がみられるといっている。

  1. 口もとで、匂いを嗅いでみると、青酸塩の場合は杏のような匂いがするといわれている。
  2. もし匂いがわからなぬときは、腹部を押して嗅いでみる。
  3. 死斑は鮮紅色を呈している。
  4. 瞼眼に溢血点がある。

 帝銀事件(昭和231月発生、死者12名)をはじめ青酸塩による殺人ならびに殺人事件の被害者には、ほとんど溢血点があった。今回のケースでは、男性に溢血点が認められ、死斑が鮮紅色であったはずである。

 それらの手落ちがあったとしても、万一のことを考えて患者が最期に飲んだウーロン茶の缶を調べる慎重さが欲しかった。そうすれば、この事件は93日家族が警察に届ける前の831日の時点で明るみに出たであろう。幸い被害者がウーロン茶の販売もとのスーパーの店長一人にとどまったのは不幸中の幸いであった。

 人命を預かる仕事をしている人は、安易に事にあたってはいけない。常に最悪の事態を考えるべきである。ともすれば、人は惰性に流される。また固定観念にとらわれたり、先入観にまどわされたりする。そこで思わぬ失敗をし勝ちである。長野毒茶事件では、そのミスが大きな被害に発展しなかったが、心すべきである。

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