2007年(平成19年)8月10日号

No.368

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茶説

「昭和天皇独白録」を読む

牧念人 悠々

 8月15日の62年目の敗戦記念日を前に寺崎英成御用係日記―「昭和天皇独白録」(文芸春秋刊・平成3年3月10日第一冊発行)を読む。16年前にでたこの本を幾度となく手にしている。読むごとに新たな感銘を覚える。この中に昭和天皇が上海派遣軍司令官、白川義則大将(陸士1期)の戦傷死後、未亡人に侍従武官を通じて歌を贈った話が出ている。

 「をとめらの ひなまつる日に いくさば とどめしいさを おもひてにけり」
 白川大将は昭和7年4月29日、上海市で開かれた天長節祝賀式で爆弾を投げられ重傷を負い死亡した(5月26日没・65歳)。この年の1月28日夜、日本陸戦隊と第19路軍が衝突、第一次上海事変が始まった。9師団(金沢)を派遣しても戦況は好転しなかったので白川大将を派遣軍司令官として11師団(善通寺)14師団(宇都宮)を増派して3月3日停戦を発して戦火が収まった(停戦協定成立、5月5日)。陛下は白川大将の宮中で行われた親補式のとき、特に「条約尊重、列国協定を旨とせよ」を指示し、さらにこういわれたという。「それからもう一つ頼みがある。上海から19路軍を撃退したら、けして長追いしてはならない。3月3日の国際連盟総会までに何とか停戦してほしい。私はこれまで幾たびか裏切られた。お前ならば守ってくれるであろうと思っている」。白川大将は陛下の言葉を忠実に守り、陸軍中央の反対を押し切って停戦した。陛下のお頼みはきわめて異例である。御製に「ひなまつる日に」と歌われた理由である。
 昭和16年12月8日の対米宣戦の詔勅についての記述。東条は度々宣戦の詔勅案を持ってきたとある。陛下の意向で「あに朕の志ならんや」と「皇祖皇宗の神霊上に在り」の二句を挿入されたという。
 畏友・霜田昭治君は日清戦争以来4回の宣戦布告を比較考察、その成果を勉強会で発表した(7月28日)。対米宣戦布告文(昭和16年12月8日)は対清(明治27年8月1日)、対露(明治37年2月10日)、対独(大正3年8月23日)と著しい違いが三つあると指摘する。@は「皇帝」が「天皇」に称号が変更になっている。A戦争に携わる人たちへの激励の言葉があるが、その対象が「百僚有司」又は「陸海軍・百僚有司」から「陸海将兵・百僚有司・衆庶」と範囲を拡大している。B他の三つの布告文にある「国際法に悖らざる限り」とか「国際条規の範囲に於いて」など国際法に関わる文言がない。表現に若干の違いがあるが.一貫している思想は「東亞の安定」と「帝国の光栄の保全」であるという。対米宣戦布告に「国際法」の文言がなかったことについて「脱亞入欧」の目標を果たした自信と大東亜共栄圏と言う新しい世界秩序作りに次の目標を選択したことと決して無関係でなかろうと霜田君は説明する。私は陛下のお気持ちとしては第一次上海事件での白川大将への指示、対米宣戦布告に二句を挿入された事実から「国際法」について深いご関心が当時でもあったものと推測する。
 寺崎英成は8月15日の日記に書く。
 「とうなすの花いけてみる晨かな
  正午 陛下 放送せらると!
  降伏!! 耐え難きを忍び・・・・ 爆弾 君が代演奏 涙」
私は同期生とともに西富士の演習場で「玉音放送」を聞いた。だが君が代が流れたのは記憶にない。同期生長井五郎君はその著「青春の賦」でそのときの模様を「ラジオに一番近い最前列の方から、苦しい、むせび泣きが始まった。そしてその声はすぐ後方に伝わり、急速に高まっていった」としるす。同じ歩兵の霜田君も西冨士歩兵隊の一団の中にいたはずである。
 徳川無声は「無声戦争日記」(七)8月15日の日記に書く。「君が代が流れ出す。この国歌、曲が作られてこの方、こんな悲しい時に奏されたことはあるまい.私は,全身にその節調が大いなる悲しみの波となって,沁みわたるを感じた.(中略・玉音放送のあと)再び君が代である。足元の畳に,大きな音をたてて,私の涙が落ちて行った」
 霜田論文の結びは21世紀の日本人に求められるものは他国民からの信用・信頼であるとする。その例として三井物産重役馬越恭平が恵比寿麦酒の總支配人に選んだのは愚直なほど正直さと底なしの誠意を持つ石光真澄をあげて説明する。事業を成功させるのは正直と誠意だと言うのである。馬越恭平はいう。「人は勉強によって術をえることができる。しかし誠意を得ることは出来ません」。正直と誠意は生まれながらにして備わるものだという。愚直な人間が少なくなった昨今,教育の重要性を痛感する。

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