2006年(平成18年)3月20日号

No.318

銀座一丁目新聞

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追悼録(233)

「風光るさよならねと友は逝く」

  スポニチ「文化芸術大賞」贈呈式が4月11日、東京プリンスホテルで行われる。優秀賞を贈呈される大滝秀治さん(80)に選考委員の一人であった久世光彦さんが推薦の弁を述べている。「縁側の大滝秀治さんと加藤治子さんは、老人の色気と、可愛らしさ、したたかさが、春の日差しの中に、2羽の蝶のように華やかに舞っていて、秀逸である。大滝さんの色気は、歳月から滲み出る色気である。人は、大滝さんがこっそり隠し持っている『遊び心』に、あまり気がついていないようだ」(3月14日スポニチ)。短いながらいい文章である。3月2日になくなった久世さんは第5回から10年に亘って選考委員をつとめた。久世さん自身は平成16年に「週刊新潮」に連載中の森繁久弥さんとの対談「大遺言」(平成14年5月2日・9日合併号から)で「スポニチ文化芸術大賞」グランプリを受けている。この推薦文は死の直前のもで、久世さんの絶筆かも知れない。
 「文化芸術大賞」の生みの親として毎回、贈呈式に顔を出しているので、久世さんとお会いする。共通の友人の徳岡孝夫君の話が出る。私が教えられた記者の一人であると話した。大阪で拾われて施設で育てられた幼児が不幸にして死んだ。施設では葬式にせめて母親が出てきて線香でもあげてほしいと願った。私は親が出てくれば記事になると思ったが、徳岡記者は親が出てこないのにわびしく行われた幼児の葬式をつづった。ほろりと泣かせる名文であった。その日の夕刊のトップを飾った。「徳岡君は心優しい人なんです」と久世さんは言った。
 妻朋子さんの話(3月16日号「週刊新潮」)によれば倒れる前、寝言を言ったという。「足がだめなんだよ」とか「ホン(台本)が駄目だよ。直さないとと駄目だ」(久世さんが演出予定のドラマ「東京タワー」の台本のこと)。仕事にはあくまでも熱心な方であった。連載の最終回となった「大遺言」には作詞家、山口洋子さんが書いた詞の一節〈春が来たのに さよならね〉を引用してたった12文字の中に人生の訣れのすべてが隠されたいると評している(前掲「週刊新潮」)。

  風光るさよならねと友は逝く  悠々

(柳 路夫)

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