2005年(平成17年)10月10日号

No.302

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北海道物語
(19)

「ダイエー旭川の閉店」

−宮崎 徹−

  高度成長期には、先を争って、陣取り競争のように全国に出店を急いだ大型店にも淘汰の風が吹いて、旭川市ではダイエーが産業再生機構の事業再生計画に基づいて全国では十番目、道内では最初の閉店を先月三十日に行った。昭和五十九年一月にオープンしてから四分の一世紀足らずである。
 経営学者の言葉を借りれば、ダイエーは商業の工業化(第二次産業化)、工業社会の流通システムの先駆者だった。「よい品をどんどん安く」が大衆に受けたが、今やその時代が終わったのだという。
 閉店セールに押し寄せた旭川の人の波を見ると、此の理論は一面の理屈とも思えるが、二十四年前のダイエー出店の頃を思い出して大資本進出に揺れる日本経済の当時を考えて見たい。
 戦時中、物資の乏しい時は、商店は配給所だった。現在でも酒類小売店の一部には其の制度が残っているが、或る距離・間隔を置かないと販売免許が下付されない。戦争直後でも、一升瓶を下げて一町先まで三合の配給酒を買いに行った記憶を持つ人も居るだろう。古書によると江戸時代は一町内には同種の商売を許さなかったと言うから、身の廻りの買物は、人の歩行半径内だったのである。
 大都会を除く大抵の都市は一つの百貨店と小売店の各業種が集まる幾つかの商店街が主なマーケットだった。その頃旭川では、多くの商人は大型店舗としての生協や農協を目の敵にして、税金の安い協同組合の制度を批判したりしていた。
 北海道にデパートを含めて本州の大型店舗が上陸して来たのは、西武とダイエーが最初である。堤氏と中内氏という理論系のリーダーを持ち、システムを備えた二大資本が進出すると、旭川ばかりでなく、全道各都市の小売商は、自分達の泳ぐ池の中に、突然大型の肉食魚が入って来た様なショックを受けた。
 スーパーマーケットの時代はモータリゼーションの時代で、消費者の足が長くなっていた。駐車場を持つスーパーは消費者に喜ばれ、一般商店にとってはそれが脅威となった。
 そこで旧通産省は大型店舗の出店に際して、各地の大型店の新規出店を審議する委員会を設けて商業者代表・消費者代表・学識経験者代表の委員を選び、商工会議所の責任で委員会を開き、店舗面積や営業時間等の調整を行うことになった。これを商調協といった。
 ダイエー旭川撤退のニュースを聞いて、ダイエーが旭川に出店を申請した時のことを思い出した。暫く大型店の出店申請がなく、開店休業の状態の商調協も、この年は三件の申請があり、ダイエー問題はその天王山だった。
 大型店側は、全国都市の現状を精査している。車社会の時代だから周辺の人口、経済力まで調べ、同業者の存在も考え、都市別に適当な店舗の面積・容積・住民の意識調査等も行い、進出計画を立てる。商店街の方は、受身のプロジェクトチームで予算もないので、反対するにも個人的発想で勝負しようとする。消費者は、自分の住居の近くに便利な大型店が出来ることに反対しない。学識経験者は大型店の地域の商店売上比率の大小によって出店の余地をはかろうとする。ダイエーという大物だけに、この申請については大論議だった。これまでの案件は進出側の根回しがあって、何回か何時間かの審議で済んだのに、此の場合は数十時間を要し、終わった時には委員は皆疲れ果てた顔で結審したのだった。
 明治以来、営々として先祖が苦労してようやく大きくなった旭川に本州から進出するのは、猿蟹合戦の猿が木に上って柿を独占しようとするものだ。身を粉にして育てて来た成果を奪うのは許さないと言うのは、商業者の理屈だ。街の発展は市民全体の努力だから、消費者として都会的商品も欲しいし、安売りのダイエーと言われる位だから価格も手頃だろうと主婦代表が言う。学識経験者は妥協案を出す村の顔役と言ったところである。
 ただダイエーは柿の木を蟹から乗っ取るというのではなく、別に新しい実のなる木を植えるのである。その木はセルフサービスや全国の共同仕入による安価提供という実りを市民ばかりでなく商業者にも教えることになったのである。
 旭川ダイエー撤退の一因とも言われる近隣型ショッピングセンター(SC)の発展も、戦後の焼け跡の中から、総合スーパー(GMS)を創り上げた中内さん達を教師とし、或る時は反面教師として今日の成果を挙げる形をつくったのであろう。
 中内さんは花咲爺さんの心境で、業態を拡げ過ぎたのではないか。其の足跡は不滅だろう。九月十九日八十三才でなくなられた。
 モータリゼーションの時代背景で伸びたダイエーが倒れて、世はIT時代に入った。時の花形とされる人達は別の人格である。オセロゲームのように黒白が一瞬にして逆転する中、勝ち組の乗っ取りは奇手妙手で容赦が無い。噂されるタイガースの行き先が心配である。長島と村山の対決を見た世代は浦島太郎なのだろう。

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