2005年(平成17年)8月1日号

No.295

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追悼録(210)

「若狭くらやみ返り血の天竺葵  塚本邦雄」

 塚本邦雄さんが死んでから2ヵ月近くになる(6月9日、享年83歳)。前衛短歌運動を主導した戦後の代表的歌人。数々の名著がある。塚本さんが毎日新聞から出した「句句凛凛」―俳句への扉 1 ―を歳時記同様に愛用していたので、塚本さんを偲ぶ気持ちは十分にあった。。
 歌人、三枝昂之さんが毎日新聞に「<われ>を超える歌を提示」と題して塚本さんを論じていた(7月7日)。代表的な歌として二つ上げる。「日本を脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も>(日本人霊歌)「革命家作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ」(水葬物語)塚本短歌は、個人の喜怒哀楽を超える<反近代>の世界でもあった。<液化するピアノ>はその記念碑的な作品であり皇帝ペンギンの日本脱出願望も同じだったと説く。私にはこのような短歌を作れない。というよりそのような表現が浮かんでこない。ほどばしる詩人の魂が紡ぐ言葉はすごい。
 「句句凛凛」には塚本さんの俳句が3句紹介されている。葉月(8月)の章に2句ある。「若狭くらやみ返り血の天竺葵」天竺葵について塚本さんは戦前の体験談を語っている。その花の匂いは毒ガスのイペリットの悪臭に酷似する。配属将校にその植物を見た者はいるかと問われて返事をしたため翌日、「鼻持ちならぬ」花を持っていかざるを得なくなったと書く。若狭の暗闇祭りも勇壮なのであろうか。時にはけが人も出るのであろう。返り血に天竺葵の匂いがしたというのである。「真処女の眼疾きざすキリモドキ」キリモドキはブラジルを原産とするジャカランタのこと。晩春初夏の北アフリカや地中海沿岸を彩るという。のうぜんかづらはこの木の兄弟植物である。花は桐そっくりだがもっとぎっしり固まって咲く。葉はねむににて花盛りの時はほとんど目立たないそうだ。真処女(まおとめ)の「眼疾きざす」とは恋心を仄かに抱き始めたという意であろうか。そのまおとめをキリモドキに擬したのであろう。霜月(11月)の章に1句ある。「流星や刈野盗人祭とて」兵庫県の柏原町の刈野神社の祭礼は盗人祭(11月10日)と呼ばれている。神の留守に祭りをするのが俗称のいはれらしい。欧州の神マーキュリーも盗賊の守護神としてまかり通っていたのだから日本にも泥棒神があってもおかしくない。塚本さんは早く祭りに参詣したいという。それでご自分のはやる気持ちを「流星」といったのであろう。

    ほどばしりピアノは液化す邦雄忌  悠々

(柳 路夫)

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