2004年(平成16年)9月1日号

No.262

銀座一丁目新聞

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花ある風景(176)

並木 徹

 

酒に酔い女を愛した天才画家

 天才画家といわれた張承業(チャン・スンオブ)の映画『酔画仙』(監督イム・グォンテク・韓国映画初のカンヌ国際映画祭受賞)をみる(8月13日)。酒に酔い女を愛し神業のような筆使いで見事な画を書き上げたという「酔画仙」の姿に、何故か 漂泊、泥酔して名句を次々と作った種田山頭火を思い浮かべる。「酔うてこほろぎと寝ていたよ」「酒飲めば涙ながるる愚かな秋」・・・
 張承業(1843年〜1897年)は朝鮮時代の末期、貧しい家に生まれれた。若くして天性の画才を発揮、異例の宮廷画家までになった実在の人物である。日本でいえば、江戸時代水野忠邦失脚から明治30年までである。 スンオブを見出したのは貴族、キム・ビョンムン(アン・ソンギ)である。「無学な者には画は描けない」といって読み書きを教える。そのキムの親戚の家の主人にも「画には学問から滲み出る品格が現れる」といわれる。これに反発して自棄酒をのむ。「画に自信のない奴ほど詩なんか書き足し気取っている」という。
 妓生のメヒャン(ユ・ホジョン)には純白の着物に梅花の絵を描く。それにメヒャンは「梅花一生不買香」と書きそえる。初恋の人、ソウン(ソン・イェジン)には美しくも儚く佇む一羽の鶴を描く。同棲生活を送るジノン(キム・ヨジン)には壮大な梅花の屏風を書き上げて別れてゆく。梅の花には人のさまざまな思いが込められている。
 何よりも自由を愛し反骨の士であった。宮廷画家となっても、自分が描く絵が清軍司令官袁世凱将軍の誕生日を祝うものだと知ると、宮廷を飛び出す。開化党が日本軍と組んで起した甲申政変(1884年)も三日天下に終わり、東学農民運動も激しくなり(1894年)、時代が大きく転換期を迎えてもスンオブは画法の完成に向けて精進する。再会したメヒャンから陶芸の話を聞くと、山奥の陶芸工場を訪ね、壺に絵を描かせてもらう。「火は壺を作る」ことを知る。55歳(1897年・明治30年・朝鮮国号を韓国と改める)で亡くなったとされるが、実は仙人の如く山に消えたのである。
 九州山地の背梁部にある国見峠で山頭火は詠った。
  「分け入っても分け入っても青い山」

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