2004年(平成16年)5月10日号

No.251

銀座一丁目新聞

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山と私

(6)
国分 リン

−驚きのガッチ君−

  スポニチ登山学校のK先輩は「六つ星の会」(盲人の方をサポートして山登りをする会)の理事や、休日は上越中里スキー場で障害者へスキーのインストラクターをしている。
とても忙しい中、私達スポニチ後輩4人へスキーの指導を引き受けてくれた。
 3月6日(土)朝6時に東京駅八重洲前集合。K先輩の車に便乗して丸沼ペンション「プモリ」へ、ここはスポニチ登山学校の宮崎先生の所でとても素敵で、私は季節を変えて泊まりたい場所のひとつである。昼から丸沼スキー場へ前線の影響で荒れ模様の空で、風が強く、ガスが立ちこめ条件が悪い。でもコーチがとにかく上から滑るの声で、ゴンドラに乗り2000mの終点へ、残念ながら日光白根山は望めない。スキーを付け滑り出した。北海道生まれのYさんは10年ぶりのスキーとは思えない見事な滑りである。広島生まれのTさん始めてスキーを履いた時に一緒に滑りに行き、その後始めて一緒に滑るので楽しみにしていたら上手くなっていた。彼女は2度目の丸沼スキー場で始めてのゴンドラ終点からの滑りは恐怖心から体が固まりとても慎重になってしまう。コーチに横滑りを何度も習い途中の上級コースではゆっくりコーチのあとを下りた。テレマークスキーのFさん今年は3回も一緒にスキーに行ったがいつも優雅にマイペースで滑って楽しそう。
 ゴンドラの中でKコーチは「スキーは力は入らない.ゆったり優雅に楽しみましょう。」でもある程度余裕が無ければと反論したら「楽々スキーが出来るように教えるよ。」彼のスキー暦45年には脱帽である。まるでスキーが自分の足の一部のようで、あの上手さとキャリアがあれば、身障者へ手取り足取り教える事も可能だと納得した。
 翌日ゴンドラで終点の2000mまで上がり日光白根山を期待したがまだ姿を見せない。でも西の方から明るくなっているので今日は期待できそうだ。
 今日も楽しく滑ろうとKコーチに従い、昨日固まっていたTさんもコーチの後から難なく滑り、危なげない。ちょっとしたアドバイスと慣れでもう大丈夫になる。4回程滑り下りた後2000mのレストランへ、折から日光白根山が雄姿を現しついに私たちを歓迎してくれ、より一層美味しいお昼が食べられた。
 昼食後Kコーチの教え子のガッチ君がパートナーとスキーをしていて私たちも紹介された。実はガッチ君は生まれた時から両足とも不自由で義足と車いすの生活を余儀なくされていた。でも、素晴らしいスキーをするのです。Kコーチが私達に先に行くように言われ滑り出したのですが、あっという間にもの凄いスピードでガッチ君たちは私たちを追い抜いていきました。北海道で開かれる障害者スキーの全国大会に選ばれ参加するので最後の調整に滑りに来たガッチ君、とても深い感動を覚えた。1ガッツから始まりようやく5ガッツに成ったのもKコーチたちのお陰とガッチ君が話してくれたが、一番はガッチ君の諦めない根性と前向きな姿勢が素晴らしいのだと思いました。
  フレーフレーガッチ君 これからも陰ながら応援するよー。
    後日談 ガッチ君は2種目優勝を果たしたとのこと。おめでとう。胸が一杯です。

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