2004年(平成16年)1月1日号

No.238

銀座一丁目新聞

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花ある風景(152)

並木 徹

山では常識が通用しない

 スポニチ登山学校(校長八木原圀明さん)の2003年度の修業式があった(12月19日・東京・千代田区・毎日ホール)。その修業作文集「サガルマータ」が素晴らしい。一編一編がドラマであり、常に前向きに生きる山女・山男の姿が描かれている。
「若さは年齢ではない」と綴ったのは別所俊彦さん(63)である。平成14年2月、健康診断で胸部に腫瘍が見つかり、大学病院で胸腺の全摘出手術を行う事になった。手術には二通りあって一つは、胸骨を縦に切断し摘出する.この方法では運動障害が残り、重いザックが背負えなくなる。寝たっきりになる恐れもある。二つ目は胸腔鏡による手術である。左横胸に三本の穴をあけ腔鏡により手術する方法である。後者を選んだ。手術は成功した。退院後、新宿から自宅まで4キロの距離を40分目標にエネルギー を必要とする速足で歩くトレーニングを週二回、職場からの帰りり行った。さらに自転車運動・階段の昇降運動を行い脚筋力のアップをはかる訓練を己に科して実行した。別所さんは「医者に恵まれた事。胸腔鏡手術を選んだ事。世界超一流の講師のいるスポニチ登山学校に来た事(5期生であったが転勤で中退)などすべてが運に恵まれました」と語っていた。幸運の持ち主である。その幸運も別所さんの性格が招いたものであろう。
 一年前にご主人をなくされた入江久美子さん(54)は6期生の坂本重顕さん((63)と高橋英明さん(62)に誘われての入校である。新しい登山靴をならすため夜9時過ぎ、登山靴をはき、リュクサックを背負い帽子を深くかぶって自宅の周りを一時間歩いた。ほほえましい。アイゼンが上手くつけられずに講師のお世話になったり、あまりにも急坂なので立ち止まっていたら同期生が「頑張りましょう」と声援してくれたりして山に登った有様を初々しく記している。8月の机上講座で野沢井講師が「リュックサックは大は小をかねない」と教えた。大きいものは不必要なものまで入れてしまうことを戒めたものである。山では地上の常識が通用しない。
 「しあわせの種はどこでも落ちている」とユーモラスなタッチで書くのは小松多治子さん(46)である。山では「阿毘羅吽欠蘇婆訶」(あびらそんけんそわか)と子供のときからのおまじないをとなえる。冬山で遭難した親戚が二人もいる我が家としては、雪山はご法度である。子の心、親知らず。最近私は12本歯のアイゼンとピッケルを購入し、その禁断の扉を開けたとして、無謀ならぬ「夢望〕の山を楽しみたいという。楽しき哉山女である。
10月、ヒムルン・ヒマールで雪崩で遭難した野沢井歩先生を追悼する文章が多く納められている。中でも高畑真由美さん(51)は切々たる思いを述べている。死者へのラブレターである。「野沢井さんの魂が正しい道に導かれてもっと相応しいところで修業されますように。ありがとうございました」とある。題は「きらめく星」とあった。

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