2002年(平成14年)2月10日号

No.170

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(39)

-イヤホーンガイド

芹澤 かずこ

 

 一緒に行った友人に薦められて、もう何年も前からイヤホーンガイドを聞きながら歌舞伎を見るようになった。その友人は視力が落ちてきて、細かい解説書が読みにくくなってきたので、利用するようになったと言う。私はそれまでイヤホーンガイドとは、外国の人が同時通訳で聞くのだとばかり思って利用したことがなかった。
 歌舞伎には独特のセリフ回しや約束事があって分りにくいことも多い。それまでは分らないままに、そうしたものとして見ていたのであるが、イヤホーンガイドによって舞台の大道具や小道具の説明、はしょってある筋書きのわかりにくい部分、役者の持ち味など、芝居にさわらぬ程度に解説をつけてくれて、とてもわかり易い。
 初めての時、後列だったので解説を聞いている人と、聞いていない人を頭の動きで見分けられて、それもまた興味深かった。例えば三弦の演奏をしている時、おおかたの人は舞台中央の役者の動きに注目している。解説の「もの悲しい音色を出すために、十七弦の琴を使用しております」との説明があると、幾つかの頭がいっせいに琴の方に向く。私など解説を聞かなければ十七弦の琴のあることなど知らなかった。(因みに一般の琴は十三弦)
 
以前の職場に、長く舞台の仕事に携わっていた人がいて、昔の経験談など面白い話をよく聞かせてくれた。今まで何気なく見ていた引き幕の開閉も大変な年期と労力がいるとのこと。慣れないと頭から幕をかぶってしまい、先が見えなくて客席へ転落してしまうこともあるという。一人で軽々と引いているのかと思っていたら、普通でも二、三人で引くのだとか。だから「一人でどこそこの幕を引いた」というのは、とても自慢なことらしい。
 また、花道の出入り口の幕、あの、"シャッ“という気持ちのいい音を出してもらう為に、昔は役者さんがご祝儀を弾んだとのこと。私たちの知らない世界がいろいろとあるもので、それらのことを頭に入れた上で舞台を見るのも、また一興かと思う。

 歌舞伎に限らず、最近では美術館にもイヤホーンガイドが備わるようになった。休日の、それも名だたる展覧会などはいつも満員の盛況で、絵の近くに寄ってゆっくり年号や経歴を見ることも出来ない。特に孫を連れたりしている時は、ただ絵を一巡するだけでは興味も湧かないだろうし、こちらも自分が観賞するのに忙しいのに
「ねえねえ、おばあちゃん、これは・・・?」
なんて袖を引かれて説明を求められるよりは、絵の前に立つと一つ一つ懇切丁寧に解説をしてくれるイヤホーンガイドを、バードウォッチングさながら一人一人の首にかけさせることにしている。



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