2001年(平成13年)12月10日号

No.164

銀座一丁目新聞

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茶説

教育基本法の改正に賛成する

牧念人 悠々

 「教育基本法」は実によいことが書かれている。第一条をみると「教育は人格の完成を目指し、平和な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とある。この条文を読む限り誰も反対出来そうにない。法律の成立は昭和22年3月31日である。すでに54年もたつ。
 ところで、日本の教育の現状はどうか。公共道徳の乱れ、責任感の欠如、悪い利己主義の蔓延、学校崩壊、児童の引きこもり、愛国心の希薄さなどあげればきりがない。たしかに「基本法の理念は古くない」かもしれない。だが、どこか一本何かが欠けている。
 アサヒビール名誉顧問の中条高徳さんは「民族の歴史、文化、伝統をしっかり身に付け、それを拠り所にして異なる民族と調和していく知恵を身に付ける。そのことによって初めて、個人の尊厳は保たれ、個人の自主性は確立する」といっている(その著書「おじいちゃん日本のことを教えて」より)。この指摘はきわめて重要である。
日本民族の基盤を知らず、国を愛する心をなくしてどうして日本を守ることができるのか。難民をみるがいい。敗戦で満州に取り残された日本人も難民の苦渋をなめたではないか。どこに個人の尊厳があるのか、どこに個人の自主性が保障されているのか。
 「人間らしい人間を作る教育」の前に、日本人であることを忘れてはいけない。民族の歴史、文化、伝統を教えねばならない。戦前の日本をすべて否定したアメリカの占領政策を、とりわけ教育政策を抜本的にいまこそ、見直す必要がある。
 教育基本法改正に当たって、現行憲法を避けて通る訳にはゆくまい。前文に「日本国憲法の精神に則り・・・」とある。憲法の精神である「平和主義」「主権在民」「基本的人権の尊重」の三つの柱を中心において、論議すべきは論をまたない。戦前回帰を願うわけではないが、道徳的原理の掟であった武士道を研究してほしいと願わざるを得ない。例えば、現代人に最も欠けている「義」についてみる。武士の掟のなかで最も厳格な教訓であった。林子平は義を定義して決断力とした。そして「義は勇の相手にて裁断の心なり。道理に任せて決心して猶予せざる心をいうなり」という。孟子は「仁は人の心なり。義は人の道なり」ともいった。
 新しい教育を創造しようと考えるなら、古きをたずねるほかない。古いものの中からしか新しいものが生まれてこないからだ。

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