2001年(平成13年)12月1日号

No.163

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(32)

-時代のうつりかわり

芹澤 かずこ

 

 その昔、私の実家には長火鉢がありました。銅壷(どうこ)にはいつでもお湯がたぎっていて、鉄瓶(てつびん)もチンチンと快い音をさせて、白い湯気を立てていました。 鉄瓶を下ろして、五徳(ごとく)の上にじかに金網をのせて、乾燥芋やお餅やスルメを焼いたものです。海苔も水分を多くふくむガスの火よりも、炭火の方がずっとよくあぶれるのです。いつも火種があるので、煮豆にする大豆や、佃煮にする昆布や鳥の皮がコトコト煮えていました。
 結婚して団地住まいになっても長火鉢の良さが忘れられず、ちょっとモダンになったスタンド式の練炭火鉢を購入して、ヤカンでお湯をたぎらせたり、シチューやおでんをグツグツ煮込みました。
 けれども石油ストーブやガス暖房に押されて、需要の少なくなった木炭や練炭がだんだんと品不足の上に高価になってきて、特に高層住宅だと配達まで断られるようになってしまい、やむなく対流型のパーフェクションの石油ストーブに切り替えました。
 火力の強いこのストーブにも転倒防止の囲いをして、その上にもお鍋を仕掛けましたし、さつま芋もアルミ箔にくるんで、おやつの焼き芋などもよく作りました。寒い外から帰って来る夫や子供たちにとっては、部屋中に満ちた湯気と匂いは何よりのご馳走だったようです。
 その後、この重宝した石油ストーブも安全でクリーンなガスのファンヒーターに代わって、煮込みも焼き芋も出来なくなった上に、夫の仕事に従事して外へ出る機会も多くなり、手早く調理の出来る圧力ナベが幅を利かせるようになると、夫や子供たちは不満げに、「簡単に出来上がる分だけ味に深みがない」などと言って抵抗をしていました。

 時代や生活様式が変れば、諸々のことに変化が生ずるのは仕方のないことなのに、人間の気持ち、特に男性の気持ちはそう簡単に切り替えられるものではないようです。それに比べると新しい物への取り組みなどは、女性の方がずっと合理的で柔軟性に富んでいると言えるでしょうか。夫が他界し子供たちも巣立って、仕事に専念している現在は、圧力ナベよりももっと強力な活力ナベが、何者にも勝る助っ人として活躍中。草葉の陰で夫は「嘆かわしい」と首を振っていることでしょう。



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