2001年(平成13年)11月10日号

No.161

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(30)

-言い遺したいこと

芹澤 かずこ

 

 遺言などと構えると、家にはそんなに財産がないから必要ないという人がいるが、書き残すことは何もお金のことに限らない。今までにも過去にあった諸々の行事の人数や収支や領収書を保存してその後の参考にしているが、自分が出来るうちはいいけれど出来なくなったらこれだけは子どもたちに継いでいってもらいたいと思うもの、例えばお寺への仕来り、先祖の供養など、代々受け継いできたことは、出来るかぎり続けて行って貰いたい。
 その手始めとして、先ず自分の葬儀の積み立てを始めた。子どもたちに費用の負担をかけまい、などという殊勝な考えではなく、経験の浅い者がその当事者になった場合、何をどうしたらいいのか、その場であたふたしたり、分らずに余分な労力や費用をかけなくても済むようにと思うからである。
 両親の時は、昔のまだ近所付き合いが盛んなころで、町内会の人たちが充分に手を貸してくれたし、夫の時は後輩や知人や友人たちが手抜かりなく行ってくれたので、私はどちらの時も安心して任せることが出来た。しかしこれからは、都会ではそこまでの深い関わりはなかなか求められないので、それを請け負う団体にお願いしようと思ったに過ぎない。
 そこから先の、お寺との付き合いというのは若い人には分りにくい部分が多い。「冠婚葬祭」などの本があっても、それはごく一般的なもので宗派によっても違うし、余り参考になるとは思えない。法事のお経料ひとつにしても回忌毎によって違うし、お席料も出席の頭数にもよるし、そのほか諸々のことを欠かさずやってゆくのは結構気骨の折れるものだが、先祖代々、営々と守られてきたことは続けていってもらいたいと思っている。
 子どもたちもまだ小さい頃からお墓参りには同行させたし、身近な法事には必ず同席させてきたけれど、人がやっているのを側で見ているのと、自分で携わるのとでは、スポーツやゲームと同じで全く違う。私は早くから母の代理を務めてきたので凡そのことは分っていたが、それでも戸惑うことが多く、叔父や叔母に随分と助けられた。そうした生き字引が年々少なくなるので、「我が家の手引き」とでも題して、後々のことなど面と向うとなかなか話しづらいことなども含めて、分りやすく書き残しておきたいと思っている。



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