2001年(平成13年)9月20日号

No.156

銀座一丁目新聞

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追悼録(71)

       名月やビル廃墟の影無残 

 落とされた影がえがくものは「テロの狂気」である。ブッシュ大統領はそれを「戦争行為」と呼ぶ。「国がみえず、その姿が明らかでない新しい型の戦争である」と、識者はいう。テロであれ戦争であれ、今回の出来事は理不尽きわまる。敵の奇襲によって数千人の犠牲者が出た。救助に出動した二百人を超える消防士、警官も巻き添えを食った。ハイジャックされた航空機の乗客、乗員266名も不条理な死の道づれとなった。心から哀悼の意を表したい。
 軍事超大国のアメリカに刃向かうとすれば、ゲリラ戦法しかない。敵の武器を奪い、その心臓部に奇襲攻撃をかけるのがもっとも効果がある。組織的に用意周到な準備をした敵は、民間航空機をハイジャックし、満タンの燃料をも武器にして、貿易センタービルと国防総省に特攻をかけた。実行犯19名をふくめてゲリラ部隊は恐らく60人前後であろう。もともとゲリラは良民を巻き添えにしない不文律があるが、昨今はそのかけらもない。とりわけ乗取った航空機を乗客を乗せたまま特攻機にするのは悪魔の知恵というほかない。
 1998年8月8日、ケニアとタンザニアのアメリカ大使館同時爆破事件では民間人を含めて224人が死亡、5000人の重軽傷者をだしている。無差別特攻が常態となっている。
 経済評論家の増田俊男さんは、早くから今年、戦争が起きることを予測し、9月に「すでに第五次中東戦争ははじまっている」と警告した。ほぼその予想通りになった。その論旨はきわめて大胆なものである。つまり、今日アメリカにとって国益は、たがの緩んだ中東の建て直しである。中東最大の米軍基地のあるサウジアラビアは「米軍基地がいつまでも存在すると思うな」といっている。アメリカは中東の原油を支配するため、もう一度戦争を必要としているというのである。
 イスラエルではこの2月、穏健派のバラクから強硬派のシャロンに首相が変わった。イスラエルもまた失われつつある国益のために戦争を求めているという。(時事直言、9月12日より)
 イスラエルとパレスチナの間ではテロの報復合戦を繰り返している。中東情勢は一発触発である。きっかけさえあれば、戦争が勃発する。そこへ、誰もが予想できなかった事件が起きた。反米ゲリラ戦である。
 仕掛けたものは誰か。高度な戦略と強力な組織と豊富な資金を持つものであることには間違いあるまい。アメリカに絶好の戦争の口実をあたえ、世界を敵にまわしたことになる。
 奇襲の日、テレビはパレスチナの民衆が歓声をあげるところを映し出した。テロの狂気の根は深い。国を失い、他国から奴隷扱いを受けた屈辱は癒しがたいものがある。それが狂気に走る理由になる。
 アメリカは戦争決議案を上院で満場一致、下院で反対一人の圧倒的多数で可決した。報復は報復を呼び、新しい型の戦争は泥沼化する懸念を抱かせる。
 9月の月は千古変わらず、世界を照らし、影をそえる。人の世は感情、憎悪のおもむくまま一向に争いがたえない。世界各地で民族紛争、宗教戦争と殺し合いがつづく。「文明間の対話」を説く声は空しく響く。まことに悲しく、愚かしい。

(柳 路夫)

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