2001年(平成13年)6月20日号

No.147

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(16)

-掏 摸(スリ)

芹澤 かずこ

 

 先日、新玉川線の車内でスリの捕り物に出会った。スリの被害に合ったことはあるが、捕り物を見るのは初めてである。朝の玉川線はいつも混雑していて、その日も三軒茶屋駅でどっと乗客が乗り込んできたが、降りる人も何人かいて、私はその空いたつり革を確保して座席の前で本を読んでいた。左隣りに広口のバッグを肩にかけた若い女性がいた。二つ先の渋谷まで立錐の余地もない混雑だったが、まさに渋谷駅に到着寸前、背後が急に騒がしくなり、屈強な3人の男性が取り囲むようにして、背の高い男を取り押さえた。どこにでもいそうな若い人である。
 「なにもしてませんよ」
 「この女性のバックをねらっただろ」
 そんなやり取りがあってから、左隣りのその女性に
「貴女が狙われたんですよ、一緒に来てもらえませんか」
と声をかけて、きょとんとしている女性も伴って渋谷で5人が降りて行った。
 察するところ、張り込んでいて乗り込む時から、現行犯逮捕をすべく機会を狙っていたのだと思う。
 それにしても、あっという間の捕り物劇で、すいた車内は声を発する人もなくシンとしてしまった。

 何年か前、JRの渋谷駅のホームでスリの被害に合った。到着した電車に乗ろうとした時、肩にかけていたバックが後ろに引っ張られるように感じたが、混雑している時はいつものことなのでグイと引き寄せて乗り込んだ。その時、キチンと閉めてあった筈のバックのファスナーが僅かに開いているのに気がついて、もしや、とバッグの中をまさぐってみたが財布が入っていない。
 いつも財布はバックの一番底に入れることにしているが、前日に用立てたお金が戻ってきて、出掛けに封筒から財布に移したのを思い出した。しかしそれをバックに戻したかどうか、定かでない。もしかしたら、家に置いてきたのかもしれない。
 その日は仕事も手に就かず、早々に家に帰って探したが、置忘れではなく、やはりすられたらしい。用立てたお金は2万ほどで、もともと入れていたお金と合わせても4万足らず、あとはいつでも手紙を出せるように買い置きしている切手類と、テレホンカードが数枚と、未使用のメトロカード。銀行のカード類は持ち歩かないので、被害はそんなに大きくはないが、まんまとしてやられたのが悔しく、しかも、財布は息子のイタリアみやげで、まだ貰って日も浅く、とても気に入っていたので、それが残念でならなかった。
 翌朝、渋谷の駅前交番に出向いて被害届を出した。お金は戻らなくても財布だけは戻るかも知れない、僅かな望みを繋いでみた。2、3日して、渋谷警察からハガキが届いたので早速出向いたが、やはりお金は戻らず、でも財布だけは戻ってきた。なんでも渋谷の繁華街のゴミ置き場のそばに捨てられてあったという。よくぞ拾って届けてくれてたと感謝した。中を調べたが一銭にもならない会員証や病院の診察券や神社のお守りだけが残っていて、切手やテレホンカードやメトロカードは見事に無くなっていた。でも、財布が出てきただけでも嬉しくて、受け取りのサインをして帰ってきた。
 それにしてもスリの見事な腕前に関心した。先の人のように大きく口の開いたバックではなく、一直線のファスナーでもない。両端が左右に下がっているもので、自分でファスナーを開ける時も素早くはいかない。この話を娘にすると、元同僚の男性は、もっと巧妙な手口で背広の内ポケットの財布を盗られて悔しがっていたという。
 それを聞いて昔見た「スリ」という映画を思い出した。スリのボスが後継者を育てる話で、いかに素早く財布を抜き取るか。ハンドバックの口金の開け方や、背広の内ボケットに鈴をつけて、その鈴を鳴らさずに財布を抜き取る稽古をやらせるのだ。
 娘の元同僚は、会社に着いてから財布のないのに気が付いたが、内ポケットのボタンが閉まっていたので、矢張り家に置き忘れたと思ったようだ。それにしてもボタンを外して財布を抜き取り、またボタンをかけるなど小憎い技ではないか。私はこの時もアッパレと感心してしまったが、それからは乗り合わせた周りの人が皆スリに思われてならなかった。
 それにしても乗客は皆、不用心この上ない。持って行ってくださいと言わぬばかりに、口の広いバッグに無造作に財布を入れていたり、男性はズボンの後ろのポケットから財布が覗いていたりする。被害に合ってからしばらくは、ショルダーバックは使わず、使うようになってからも乗車の際は肩から外して手に持つようにしている。また車内が混んでいる時は、バッグは体の脇ではなく、前に持って来て目が届くようにして、自衛の策を講じている。



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