2001年(平成13年)6月10日号

No.146

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(15)

-手 紙

芹澤 かずこ

 

 マンションの出入りに、必ずロビーの郵便受けを覗く。一人暮らしを始めて何年にもなるが、ほとんど毎日なにかしら入っている。たまに空っぽの時があり「今日はないのかな」と思っていると、嫁いだ娘が留守にやってきて、先に部屋に持ち帰っていたりする。
 隙間から広告のチラシしか見えなくても、開けて見たら思わぬ手紙が入っていたりすると、得をしたように嬉しくなる。せっかちな性分で、ハガキはもとより封書でも早く読みたくて、部屋への回廊を読みながら歩くこともしばしばである。
 結婚して別所帯を持っている息子たちに宛てたダイレクトメールや、同窓会の通知、他界して何年にもなる夫への原稿や講演の依頼というのも未だにある。
 息子宛ての郵便物には“早めに住所変更をするように”とメモを入れて転送し、夫宛てのものは“誠に残念ながら・・・”と一筆添えて断わり状を出すようにしている。夫はよく「仕事を与えられるということは、世間が少しでも自分を認めてくれることだから・・・」と本職の将棋以外のどんな仕事でも、喜んでやらせて頂いたので、生前の夫のスケジュールは超過密であった。
 専業主婦に甘んじていた私は、いつの間にか“カバン持ち”として各地に同行するハメになり、個人的な予定は全く立てられず、私の交友関係は無残なものになっていった。そこで思い付いたのが手紙による交流。夫が仕事をしている間の待ち時間に、ホテルや見物に出た先々で絵ハガキを買い求め、ある時は弥彦山の山頂で佐渡を望みながら、また、ある時は伊勢の五十鈴川のほとりで赤福とお抹茶を頂きながら、せっせとペンを走らせる。月に5、6回は北や南に動いていたので、あちこちのグループや身内に順繰りに書くことによって、どうにか仲間を外れずに済んだ。
 ところが、夫が病死して私自身が仕事を持つようになると、前にも増して自由な時間が拘束される。生活そのものが変化したのであるから、そのことによって失われるものがあるとしても致し方ない。以前の交友関係は今も保たれては、いる。けれども辛うじて、というのも少なくない。しかし幸いなことに、仕事を通じて新たな付き合いも増えつつあり、最近では事務所に届く郵便物も徐々に多くなっている。



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